口出し無用、兄の【呪い】と島のぬいぐるみ/#02‐2『お題・ぬいぐるみ』

「オニーサン、ぬいぐるみをツクリにキタ?」


 たどたどしい言葉で、コミュニケーションを取ろうとしてくれている少女だった。


 水着よりも小さな布面積で、褐色の肌が多く露出している……、目のやり場に困るけど、そこに注目させるためなのか、お腹や肩、頬にタトゥーが彫られてあった。


 幸い、妹と同年代に見える若い少女の控えめな胸に視線がいくことはない。ついつい目がいってしまうのは、やはりそのタトゥーである。


「島の噂は聞いてるよ。実は作って欲しいぬいぐるみがあるんだが……頼めるかな?」


「シャシン、あればツクレルヨ。どれどれ……カワイイ子ダネー」


 妹の写真を見せると、少女がなにかに気づいて、店の奥へ引っ込んでしまった。


 ばたばたと音だけが聞こえる……、棚からなにかを引っ張り出している?


 戻ってきた少女が持ってきたのは、俺が持ってきた妹の写真とは別の――


 公式から売られている妹の写真だった。


「イモートサンは、『レモンビネガー』?」


「うん、妹はエンタメの国で活動中のアイドルグループ、『レモンビネガー』のセンターだよ」


「ワオっ、サインもらえルカ?」


 色紙を取り出し、俺に渡してくる。

 妹のファンなのは嬉しいけど、色紙を俺に渡されても、サインを貰ってくるのは難しいだろう。最近は色々な国を転々としているグループだ、いつ再会できるか分からない。


「サインを貰っても、いつ返せるか分からないから……、機会があるまで君が持っておきなよ」

「返すの、イツでもイイ」


 目を輝かせた少女の期待を裏切るのは気が引けた。

 いつでもいいと言っているのだ、遅くなっても怒りはしないだろう……。

 この島を出た後、また戻ってくるのがいつになるのか、俺にも分からないけど――


 旅行だから、と言ってまた訪れるには、ちょっと厄介な場所にある。


 気軽にこれる場所ではなかった。


「分かった、受け取るよ。妹に頼んでみるけど……期待はしないでね」


「期待セズにマッテルヨ」



【ぬいぐるみ諸島】と呼ばれる島々がある。

 俺がやってきたのは、その中でも特に自然が多い場所だ。

 観光地として開放されてはいるものの、過酷な自然環境がすぐ傍にあり、短時間の滞在ならともかく、泊まりとなると訪れる観光客はぐっと減るだろう。


 島にはいくつかの小屋しかなく、後は森だ。


 森の中は、昼間なのに、入れば光が届かない暗闇が広がっている。


 どうしてこんな場所にきたのかと言えば……、ぬいぐるみを作ってもらうためだ。


 ぬいぐるみ諸島と呼ばれるだけあり、『ぬいぐるみ』を作ることができる職人が集まっている。写真を見せれば、モデルとなった人のぬいぐるみを正確に、そっくりに作ってくれるのだ。

 そして、そっくりであることが前提条件となる。


『呪い』をかけるためには。



「強い呪いをかけてくれる『ぬいぐるみ師』は、この島にいる、って聞いていたけど……あの子がそうなのかな……?」


 ぬいぐるみに『呪術』をかけることで、ぬいぐるみと、そのモデルとなった人物を繋げることができる。ぬいぐるみの各部位に釘を刺せば(釘でなくともいいが)、その部位が外傷ではなく、機能の停止や、時間差で欠損するという結果を出すことができる。


 外傷ではなく体の内側から破壊していく……ゆえに『呪い』なのだ。


「今からツクルヨ、また明日、トリニきてヨ」

「うん、分かった。ところで、野宿するならおすすめはどこかな?」


「野宿スル? アブナイヨ、宿をトッテないなら、ウチにいればイイヨ」

「え、悪いよ。邪魔になってもあれだし……」


「ジャマ、チガウ。外で死ナレタラ、ワタシ、困る」

「そっか……じゃあ、お世話になるよ」


 もてなすネ、と言われ、二階へ案内された。

 それきり、彼女が俺のところへやってくることはなく……、作業に集中しているのだろう。

 夕食が出なかったのは、ここが正式な宿ではないからだ……当たり前である(恐らく次の日の朝食も出ないだろう)。


 文句を言うのはお門違いだ。




 翌朝、起き上がると、隣に褐色の少女が寝ていた。


 ……いつの間に潜り込んでいた? 本当に妹みたいだった。


 水着よりも面積が小さい最低限の服装と、見えている褐色の肌――じゃらじゃらとつけられたアクセサリーの数々。

 それに目を引かれていたが、近くで見ると、あらためて分かる……引き締まった体をしている。妹の白い肌もいいけど、この子の褐色の肌も、これはこれで魅力的である……――って、ダメだ。


 中学生にしか見えない少女に手を出すのはなしだ。


「おーい、おはよ――いや、寝かせておいてあげるか」


 徹夜で作業をしていたとすれば、ここで叩き起こすのは可哀そうだ。

 もう少しだけ、寝かせておいてあげよう。


 ベッドから下りると、傍にあったテーブルの上に、女の子座りをしているぬいぐるみがあった。写真を見て作っただけあり、妹にそっくりである。

 デフォルメされてはいるものの、特徴を掴んでいて、分かりやすい。

 身内の贔屓目がなくとも、可愛い顔をしている。


「完成してルヨ」

「――うわ!? な、なんだ、起きてたの?」


「いま、目ガ覚めた」


 起き上がった少女がベッドから下り、ぬいぐるみの元へ。


「呪い、カケルつもりナラ……カケルヨ。それガ仕事ダカラ」

「頼むよ。制作と呪術、どちらも君がやるんだね」


「ワタシの一族ハ、そういう一族ダカラ。……ホントに呪いをカケル?」

「かけるよ。うんと強いのをお願い」


「…………ワカッタ」




 … エンタメの国 …


 一万人を動員したドームでのライブ終わり、全身の疲労がピークに達し、楽屋でばたりと倒れたわたしは……起き上がる体力もないので、冷たいの床の上でそのまま意識を落とす。


 次に目を覚ました時は、医務室のベッドの上だった。

 気絶する前にあった倦怠感が…………あれ? 体が軽い。膝が笑うような、溜まりに溜まった疲労もないし……、目もはっきりと開く。

 いつの間にか着替えてるし(……マネージャーが着替えさせてくれたのかな?)、動きやすさが体を軽くして、疲労を取ってくれたのだろうか。


 たった一時間の睡眠で、過度な緊張と激しいパフォーマンスで痛めつけた体の疲労が、こうもろ過したみたいに綺麗になくなるものなの……?


 ライブから開放されたという達成感が、影響しているのかもしれない……。


 心身のストレスが抜けたから、疲労も抜けたのかも。


「うーん、気になるけど、いっか。

 疲れが抜けないならまだしも、抜けてるならわたしに文句はないし」


 身軽になった体で医務室から出る。


 グループのメンバーが待つ控室へ、わたしは急いだ。




 … ぬいぐるみ諸島 …


「イモートサンに呪いをカケルの、ヤメテ」


「店主さんが、依頼主からの依頼を拒否するの? 店の評判を落としてまで、妹のファンでいてくれているんだね……ありがと。でも、こっちからは取り下げない。いや、違うよ? 呪いをかけて苦しめたいわけじゃなくて……逆なんだよ」


「逆?」


「うん、逆。ぬいぐるみと、モデルになった人物が繋がるなら、部位欠損や機能停止させるのと同じ要領で、ツボを押して疲れを癒すこともできるのかなって。

 専門家に任せればできるらしいって、他の島で聞いたよ。だから安心して。呪う前提は同じだけど、求めることは違うから。

 苦しめるためじゃない、妹がこれからも頑張れるように、遠隔操作であの子の状態を万全にしてあげたいんだ」


「……ぬいぐるみの呪いヲ、そんなコトニ使うなンテ……でも、ダッタラ、オニーサン、ガ、直接、癒ヤシテあげればイイのニ」


「嫌われてるんだよ……だから遠隔操作なんだ」


 妹はうんざりしているのだろう、こんな兄貴のことなんて。


 口うるさい兄のことは、妹の方が『呪いたい』って思っているはずだ。


 だから色紙にサインを貰うことも難しいかもしれない……けど。


 話しかけるきっかけとして、上手いこと利用させてもらうよ。


「クチうるさイ兄……そりゃ、嫌わレルヨ」


 まあ、だよな……。

 でも、こっちは良かれと思って言っているんだけどなあ……。



「口ウルサイ兄は、それダケで『呪い』ミタイなモノダ」



 ―― 完 ――

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