ぬいぐるみ諸島/#02‐1『お題・ぬいぐるみ』

「いらっしゃいお嬢ちゃん、観光かい?」


 片手にパイプ煙草を持ち、白い煙を吐き出す全身タトゥーのお姉さんがいた。

 島民はみんなそうなのかな……、顔や体にタトゥーばかりが彫られていて……――怖いお兄さんお姉さんじゃなくて、たぶん島の風習なのだろうけど。


「ですです。なんか珍しいお土産品でも買っていこうかなと思ったんですけど……」

「お嬢ちゃんはどこの国の出身だい?」

「本の国です」

「あー、本か……」


 お姉さんが露骨に嫌な顔をした。……他国から本を独占した『本の国』の住人だと名乗れば、そりゃそっか……本好きからすれば独占なんて最低最悪の行為だし。


 本好きなのに本の国へ読みにいかないとならないのだ。

 移動を考えれば本に興味がなくなってもおかしくはないだろう……、好きなものを嫌いにさせられた『きっかけ』だ、嫌われても仕方ない。


「すみません……」


「なに、お嬢ちゃんが謝ることじゃない。お嬢ちゃんが生まれるよりも随分と前の話だ、過去の大罪を、今の子に償えと言うほど器が小さいわけじゃない――忘れてくれ。

 ……さて、あらためて。狭い店内だが見ていってくれな。遺跡から掘り起こされた大昔の遺物とかどうだい?」


「そういうのは興味がないので。あ、そう言えば気になっていたんですけど、木彫りの置物や土器が多い中で、同じくらい、ぬいぐるみが多いですよね……意外です。

 島に似合わないと言うか……、小さな女の子が好きなファンシーなものも多いですし」


「よくできてるだろ? これ、手縫いなんだぜ?」


 お姉さんが真上の棚からぬいぐるみを取り出した。

 動物をデフォルメさせたキャラクター性が強いぬいぐるみだ。熊やライオン、馬もある。それらと同じように並んでいるのが、人間のぬいぐるみだ。たぶん、それが一番多い。


「どうしてぬいぐるみが多いんですか? 島の風習……ですか?」

「聞いたことないのか? お嬢ちゃんはどうしてこの島にやってきたんだ?」

「観光ですよ。綺麗な景色と美味しい料理を楽しみにしてきました」

「なんだ、普通の観光客か」


 普通? 普通ではない観光客がいるのだろうか?


「この島は、島民以外からはこう呼ばれているらしいぜ――『ぬいぐるみ諸島』と」


「へえ……ぬいぐるみの発祥の地とか?」

「全然違うな」


 違うのか……。

 じゃあどうしてぬいぐるみ諸島と呼ばれるようになった?


「ぬいぐるみを作れる職人が多いんだ。こんな可愛いぬいぐるみじゃなくて、最初はもっと怖い感じのぬいぐるみだったんだがな……、客はこっちの方が喜ぶんだ」


 お姉さんが足下から、「ほれ」となにかを投げてきた。私は慌てて受け取る――


「ひっ!?」


 中に綿が詰まったぬいぐるみだったのだけど……表情が怖い。


 苦痛に顔を歪めた、リアリティがあるぬいぐるみだった。


 ぬいぐるみ? 人間の頭部に綿を詰めて柔らかくしたような……


 でもちゃんと布だ。

 本当に人間の頭部を再利用したわけじゃない。


「な、なんですかこれ……」


「だからぬいぐるみ。昔のこれじゃあ、客は喜ばないだろ? だから今、そこらへんに置いてある可愛い系に作り方を変えたんだよ。

 ぬいぐるみ諸島として名が売れてきているなら、観光客を増やすにはこっち方面に特色を伸ばした方がいい。アタシら島民も観光客がいてくれた方が儲かるからな……毎日を生きるのだって必死なんだぜー?」


「趣向を変えたのは正解だと思います……昔のぬいぐるみは怖過ぎますよ」

「でも、呪いをかけるならこっちの方が効果があるんだがな」


「…………呪い?」


「ん? ぬいぐるみは、呪いをかけるための媒体だろ?」


 足下に転がる人間の頭部のぬいぐるみ。……モデルがいるとは思っていたけど……じゃないとここまでリアルには作れない気がするし。

 モデルがいて、その相手を呪って、苦しむこのぬいぐるみと同じ表情にさせたい目的があったとしたら――


「……あちこちに置いてある可愛いぬいぐるみも、呪いの媒体になるんですか……?」


「なるよ。儀式をちゃんとしないと効果は薄いかもしれないけど……、ぬいぐるみに釘を刺せば、モデルになった人間の同じ部位に欠損を与えることができる。

 機能停止、病気などだな……怪我のように、外傷を与えることはできないが……近い将来、必ずその部位はどういう形であれ、満足ではいられない。ぬいぐるみ諸島だって言われているが、ようするにここは、『特定の相手に呪いをかける』ことができる島なんだよ」


「…………」


「お嬢ちゃんには嫌いな人間はいるかい? いれば、ぬいぐるみを作って呪いをかけることで嫌いな人間を、人として『マイナス』させてやることができる。数日じゃあ、結果は出ないが、まあお嬢ちゃんが生きている内は、その結果を見届けることができると思うぜ」


「あのっ」

「お、なんだい。まさか本当にいたのか?」


「さっき! たくさんのお店を回って、色々なぬいぐるみを見てきたんですけど……」

「うん」


「……私にそっくりなぬいぐるみがありました――これって……」

「もしかして、お嬢ちゃんを呪った人がいるかもしれないって?」


 他人の空似かもしれないけど……、呪術に精通している島と聞いた上で、私そっくりのぬいぐるみが置かれていることを考えると……楽観視はできない。


 デフォルメされていたから、私の被害妄想なのかもしれないけど……。


「いるんじゃないか? ここは世界で最多の――ぬいぐるみが集まっているんだ。

 誰が誰のぬいぐるみを作ってほしいと依頼したかは分からない。アタシらは相手の写真を見て作ってはいるが、相手の情報は知らないからな――。

 お嬢ちゃんの写真を見て作った職人が、探せばいるかもな……まあ、いたとしても覚えてはいないだろうが。一日にどれだけの写真を見ていると思ってるんだ? 覚えているわけがない」


「私を呪った人がいる……?」


「かもな。どこかで嫌われたんじゃないのか? まあ本の国出身なら、恨みなんていつどこで買っていてもおかしくはなさそうだけど」



 ―― 完 ――

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