道すがら

石野二番

道すがら

「本屋には世界がある」

 縁側でたばこを吸っていた二番目の兄、枝吉が急にそんなことを言い出した。

 常日頃からこんな風に分かるような分からないようなことばかり言っている枝吉兄である。その場にいた父さんも一番上の幹夫兄もまるで相手にしていなかった。

「葉造、世界を見に行きたくないか?」

 こっちを振り返って枝吉兄が言う。僕が頷くと、兄はとても嬉しそうな顔をした。

 特別本が好きだったわけでも枝吉兄に懐いていたわけでもない。ただ、勉強の本を買うというと母さんがお小遣いをくれるから。それだけの理由で僕は枝吉兄の誘いに乗ったのだった。

「ねぇ」

 本屋までの道すがら、僕は枝吉兄にさっきの言葉について尋ねた。

「どうして、本屋に世界があるの?」

 僕が隣にいるからか、上機嫌な枝吉兄は満面の笑みで、

「あぁ、さっきの話か。あれは実は正確ではないのだ」

 となんでもないことのように言った。

「じゃあ嘘なの?」

「いや、あながち嘘というわけでもない。本とはな、あらゆる世界のあらゆる一面を切り取って記したものなのだ」

 兄の言うことはちんぷんかんぷんだ。そんな僕の心情を読み取ったのか、

「例えば、葉造が勉強している理科や算数は、ある意味で世界の仕組みについて記している」

「国語や社会は?」

「それも世界。もっとも、人が築き上げてきた歴史の上にある世界だがな」

 そう言って兄は大きく笑った。

「今、いろんな人たちが躍起になって世界とは何か、その答えを見つけようとしている。いや、今だけじゃないな。ずっと昔から、きっとずっと未来でもそうしているだろう」

 それから兄は急に立ち止まり、僕の目をまっすぐに見据えて言った。

「世界の一面を記した本もこれからもっともっと本屋に並ぶようになる。見逃すなよ?」

 枝吉兄の目はどこまでも真剣に見えた。

「ほら!世界が見えてきたぞ!」

 そう言うが早いか、枝吉兄は本屋に向けて駆けていった。

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道すがら 石野二番 @ishino2nd

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