第4話 真相、そして新たな謎
王の弟君の死、それに関わったのは王族である。
王族は今、死んだ弟君を除いて、王自身とご息女しかいない。
そして、そのご息女は鬼憑きだった。
だから、ある日、事件が起きた。
弟君を暗殺ではなく、直接、殺した来来を―娘を―王様は見てしまったのだ。
その事に気を病んだ王は城外不出の御触れを出して引きこもった。
どうして西王母は来来を侍女ではなく、王族だと認定したのか。
それは料理長の態度からだ。
『おやまたつまみぐいかな?』
この言葉、単に来来がさぼり癖のある侍女なようにも思えるが、そうではない。
料理長は王族直々の料理人なのだ、その料理にありつける者など数えるほどしかいないだろう。
それだけではない。
『みんなで掃除してますから』
みんなという言葉、一見すれば同僚を指しているように思える。しかし、その語彙を選んだのが上の者としての言葉だとしたら? 穿ち過ぎか? いや答えなら出ている。何故ならば一回も来来は己の事を侍女だとは名乗らなかったのだから。こじつけのような理屈だが、正解ならば道理として通る。
「……そうみたいなんです」
罪の告白、いや懺悔だろうか。少女はふるふると身体を震わせて泣きだした。
「わたし、その時の記憶が無くて……叔父様を自分が殺したと父上から聞かされた時は、何かの冗談だと……でも血濡れた自分の着物を見せられて私、私……」
それ以上は嗚咽に掻き消えた。恐らくは鬼憑きの犯行だろう。しかし、それでは順番があべこべなのだ。
(
西王母は泣き喚く来来を抱きしめて落ち着かせる。息を荒くした来来を抱きしめたまま、西王母は優しく告げた。
「大丈夫、あなたは私が救ってみせる、だから、あなたのお父様、王様に会わせて」
その言葉に来来は震えながら頷いた。
🍑
長い長い廊下を抜けて吹き抜けの大部屋に着く。そこには天蓋付きの床があり、そこに老人が一人、寝かしつけられていた。
「急な謁見をお許しください王よ。私は遠くの桃園から来た……そうですね、あなたには真の名前を名乗りましょう。西王母と申します」
「……そうか、して彼の西王母が何用か」
王はその高慢な態度を崩さないまま西王母を仙人として認識し敬意を示した。その事に満足した西王母は話を続ける。
「王よ、まずは弟君の死について追悼の意を示しにこの桃を受け取って欲しい」
「悪いが、私は足を悪くしている、そこに置いてはくれないか」
近づく事を了承されたので近づく。
桃を王の傍に置く、王はそれを受け取るとしげしげと眺めた。
「ほう……確かに上質な桃だ。これ以上の物は見た事が無い」
「王の御眼鏡にかなって幸いです」
「して、それが本題ではないのだろう」
「はい、私の本当の目的は
そこで王は目を見開いて、しかし、どこか納得したような表情を浮かべた。
「娘の、来来の凶行は
「如何にも、その通りでございます。鬼憑きにされたご息女は弟君を手にかけた……しかし、これでは順番があべこべなのです」
「と、言うと?」
「私の推論ではありますが、
王は深く頷いた。得心いただけたようだ。
「弟が死ぬ前から、城内に
それは有力な情報だ。もっと早く欲しかったくらいだ。剣士、酒場の講談でも話題に挙がっていた人物だ。
――もしや。
「その剣士とは普段、何をやっているのですか?」
「……それは
「はい」
その力のこもった一言に王は少し押し黙った後、溜め息を吐いた。
「罪人の処刑だ」
死後に強まる恨みを一身に受ける剣士。
新たな疑念が生まれ、半ば確信へと切り替わる。
「その剣士に会わせてください」
「何故」
「
王は唸った。来来もまた、落ち着かない様子だ。
「……羅刹と言えばあの男の事だ。それでも会うか」
「西王母の名にかけて」
すると王は片手で来来を手招いて、剣士を連れてくるように告げる。こくりと頷いた来来はいそいそとその場を後にする。
此処には王と西王母の二人きりとなった。
「これは噂話だが」
「はい」
「仙人とは天から降りてはならぬと聞いた事がある」
「……それは誰から聞いたのです」
「名前は教えられぬが高名な法師だ」
「出来ればここだけの秘密にして欲しいのですが」
「私は構わないが、もう既にバレているのではないか?」
「そこら辺は抜かりなく」
そうか……とだけ告げて、王は手元の桃を手に取った。
「これは常人が食べてもいいものなのか?」
「あなたくらいなら……そうですね、もう少し長生き出来ますよ」
「それは上々、いただいても?」
「ええ」
桃に齧り付く王、その甘さに思わず顔を綻ばせている。
「弟が死んで以来、初めて心が揺り動かされた気がするよ」
「そう言って頂けるのであれば桃園の主としてこれ以上の幸いな事はありません」
そうしてしばらくした後、来来と共にやつれた男が現れる、腰に刀を携えた男だ。
「羅刹さんを連れて来ました」
(羅刹って名前かよ!?)
比喩表現だと思っていた西王母はいささか驚いたものの、気を取り直して、その羅刹に面と向かう。
「その刀、祓わせていただきたい」
西王母は自己紹介も無しに斬りこんだ。刀だけに。
その言葉に羅刹は首を傾げた後に、王へと向き直る。
「どういう事でしょう」
「羅刹、今は疑問を持たずに刀を差し出してはくれまいか」
それを聞くと羅刹は不承不承と言った様子で刀を西王母に差し出した。己の商売道具を簡単に差し出すなど不用心だと思ったが、今はありがたい。
刀をみやる、きちんと手入れされているが、そこにこびりついた残留思念だけは消えはしない。今にも大鬼が何体でも生まれそうになっている。
「我、仙桃園の主、西王母が祓い清める――
どこからともなく現れた水の流れが刀を流し清める。残留思念は洗い流され、霧散する。
しかし、しかし、しかし。
これでもまだ順番の問題は解決してないように思えて仕方がない。
西王母はこの刀が最初の
恨みつらみの坩堝であるこの王城、その主こそがやはり元凶なのではないか。しかし王からは全く鬼の気配がしなかった。
(全く? この坩堝の中で全く鬼の気配が無い?)
西王母はやっと真相に王手をかけられた気がしていた。
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