第2話 陰謀蠢く王城にて


 曰く来来が語り聞かせてくれたのは「王の弟君が急死した」という伝聞だった。誰も、その死に際を見てはいないらしい。曰く、王との食事会の時に、亡くなった。その日、王と弟君は華國の行く末について話し合っていたらしい。曰く王はその事でひどく心を病んでおり、しかし、その事から民に心配をかけまいと、口外禁止の御触れを出したのだ。しかし城内ではそういかない。既に城内は弟君の死の話題でいっぱいになった。人の口に戸は立てられぬとはこの事だ。城外に広まるのも時間の問題だろう。西王母はその弟君の亡骸がグゥイの出どころだと睨んだ。今すぐにでも祀られた墓にでも参りたかったが、しかし、今は料理長の下へと案内されている最中だ。そうもいかない。長い長い廊下を抜けると、美味しそうな匂いが漂ってきたではないか。まさしく厨房の香り、様々な食材の匂いが混ざり合って、しかし、くどくない、きちんと手入れされた香り。いっそ矛盾さえ感じるほどの匂いの均衡が取れた空間。それが料理長の食堂だった。

「おや?」

 恰幅のいい男性が顔を出す、一目で「この人が料理長だ」と分かった。まるで大熊猫のような風体だ。

「またつまみぐいかな?」

「もう! お客さんですよ楼さん……じゃなくて料理長」

「どうもはじめまして、この度は王様から直接、ちょ・く・せ・つ! この桃を育てるように言われた者、名を娘々ニャンニャンと申します」

 例の桃を差し出す西王母、その桃を見ると大熊猫のような料理長こと楼は勢いよく身を乗り出した。

「こ、これは!? すごい桃だ……品質、香り、どれをとってもこの世の物とは思えない……!」

 それはそうだろう、なにせ地にはない天の桃園で育った仙桃だ。思わず西王母は胸を張る。

「確かに、これは王に献上するに相応しい桃だ……か、数はこれだけかな? 少し味見……いや毒見を……」

 いかんいかん、常人が食べれば忽ち仙人の仲間入りだ。

「これは亡くなった弟君へのお供え物ですよ料理長」

 と来来が口添えしてくれた。それを聞くと楼は狼狽えた。

「そ、そうだったのか……それじゃ食べるわけにはいかないな」

 その狼狽えかたを見て西王母は首を傾げた。てっきり毒殺の共犯なのだとばかり思っていたが、弟君の死を聞かされても、悲しみ以外の感情を察せれない、後ろめたさとかそういうものを感じれないのだ。

「城内に入って噂話を耳にしました。どうやら王の弟君は食事中に亡くなったのだとか……だとすれば料理長、あなたなら何か詳しく知っているのでは?」

 既に暗示にはかけている、なんでも知っている事を話すだろう。しかし。

「いや……僕は何も知らないよ、ただ料理を運んだだけだ」

 空振り? 共犯ですらない? つまり。

(毒殺は完全に身内の犯行……ってことね、王族が怪しいってわけだ)

 西王母の目的は犯人を見つけることではなく、グゥイの発生源を祓う事なのだが、しかし後顧の憂いを祓うに越したことはない。つまり負の連鎖を断つという事だ。料理長に頭を下げて来来に弟君の祀られた墓所へと案内させる。大熊猫のような楼は肩を落としながら手を振っていた。それは桃を食べられなかったからか、弟君の死への追悼か。


 🍑


 王城、長い長い廊下。

「ねぇ来来、さすがにこの城、広すぎない?」

「あはは、私もたまにそう思います……」

 たまにで済むのか、掃除係だろう、広すぎて一番困るのは掃除係だろうに。一体、何人の掃除係が雇われているのか、それだけで経済を回していそうだ。と西王母は考えた。

「でもまさか城内に墓所まであるなんてね」

「不謹慎ですが、初代の王はこうした事態を見抜いていたのかもしれません」

 こうした事態、が何を指すのか、王城の内部でも様々な噂が立っている事だろう、後ろ暗い話が広まっていても不思議ではない。

「こう言ったら不敬かもしれないけど初代の王はもう少し利便性も考えるべきだったと思うわ」

「あはは……」

 苦笑い、しかし否定しないのはそう言う事だ。無駄に広い王城、そこに意味があるとも思えなかった。しかし――

「こんなに無駄……いえとても長いのに埃一つ無いのね」

「みんなで掃除してますから」

(みんな、ねぇ)

 ここは陰謀の坩堝だ。誰も彼も疑ってかかるべきだ。目の前の来来だってそうだ。

 西王母はここで少し踏み入ってみる事にした。

「ねぇ来来、私が田舎の桃園育ちな話はしたわよね?」

「ええ、最初に聞きましたね」

「だから今の王様の家族……つまり王族の事もあまり知らないの、出来れば教えてくれる? 例えばお世継ぎがいるのかとか」

 それを聞くと来来は少し眉間に皺を寄せた後。

「そこまで世俗に疎いだなんて、娘々さんはまるで仙人みたいなお方ですね」

 まさか本当に仙人だとは思うまい。それにこれは皮肉だ。

 それくらい西王母にも分かる。

 しかし、そこをあえて分からないフリして踏み込む。

「来来は知ってるんでしょう?」

「ええまあ」

「教えてくれないかしら、ダメ?」

 縋るような子猫のような仕草をしてみる。

「その手が通じるのは若い男性くらいです!」

 つれないお嬢さんだ、とそこで来来が溜め息を吐く。

「今回だけですよ?」

 いや、案外、口の軽……もとい乗りの良いお嬢さんかもしれない。

「今、王様にお世継ぎはいません、いえ正確にはご息女が一人、いらっしゃるのですが、ご息女は跡を継ぐ気が無いようで……」

「つまり、王様がお亡くなりになったら本来ならば弟君が跡を継ぐことになるはずだったのね?」

 そこで来来は押し黙る。しまった踏み込み過ぎたと西王母は自省する。

「ごめんなさい、ちょっと度が過ぎたわ。忘れてくれる?」

「私でよかったですけど、他の人にそういうことを言うと……」

 下手すれば首が飛ぶ、と言いたいのだろう。仙人だから首を刎ねられたくらいでは死なないのだが、そういう問題ではない。言葉に気をつけなければ、ここは王の城、権力の中枢、人の首など簡単に飛ぶ。だからこそグゥイなどと言うものが湧いたのだから。

(しかし踏み込み過ぎかぁ……ちょっと手詰まりだなぁ……)

 これ以上、来来から得られる情報はなさそうだ。西王母は首を傾げて悩んでいると。開けた場所に出る。すっかり日が暮れている。青い月に照らされたそれは巨木だった。

「……これは……霊木?」

「ええ、初代の王が此処を城に決めた理由であり、歴代の王族、その墓所に定めた場所です」

 生い茂る葉っぱと太い太い幹、青い月に照らされた霊木は大樹と呼ぶに相応しい佇まいで西王母を迎えるのだった。

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