鬼騒ぎ編
第1話 西王母、現る。
桃色の結った髪に瑠璃色の瞳、瀟洒な召し物には桃の刺繍。彼女こそが桃園の主、西王母。
「ん~」
背を伸ばし船から身を乗り出す。船頭が「あぶねぇよお嬢ちゃん」と声をかけるが聞く耳持たない。
「あれが
そこは華國の王都であった。そして一番、
「私がなんとかしなくちゃ」
川を渡り終えると船頭に運賃を渡す。
「はいまいど、でも本当に行くのかい?」
「お兄さんは心配しないで! こう見えて私、強いんだから!」
「はぁ……そんな細腕でねぇ、まあせいぜい
船頭は他の川渡りの客を待つ事にしたようだ。西王母はその場を後にする。
都の門、関所があった。通行手形が無ければ入れないらしい。
「ま、そこは仙術でちょちょいのちょいってね」
道行く人の通行手形を真似して作った偽の通行手形を門番に差し出す。
「よし、通れ」
(ざるだなぁ……)
流石に声には出さなかったが、もう少し改善すべき点だと西王母は思った。術を使う
(一応、悪意ある者を除ける結界を張っておこう)
仙人なら誰でも使える簡単な術である、これがあるから天には
「でも、そもそもなんで
それは天でも分かっていない事だった。だからわざわざ西王母は禁を破ってまで地に降り立ったのだが。
「こういう時こそ現地調査よね、食堂に噂が集まるとよく聞くわ!」
お腹が空いただけとも言う。
懐に隠し持った仙桃を食べればいいのだろうが、もう既に何千年も前に食べ飽きたらしい。
真昼間からやってる酒場に潜り込む。
景気の良い「いらっしゃい」の掛け声と共に、席に案内される。
いくつかつまみと酒を一瓶注文すると、そこでふと酒場の奥に目をやった。どうやらこれから講談が始まるらしい。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、皆様、王都によくぞいらっしゃいました。せっかくですので最近、噂の
(鬼の出どころが知りたいんだけどなぁ)
しかし貴重な鬼の情報だ、届いた酒とつまみを食べながら講談に耳を傾ける。
「ある日、都のど真ん中に現れたそいつはそれはそれは大きく人二人いや三人いや五人分はあったでしょう……」
(話を盛る感じの講談かぁ……まぁどこもそうだろうけど)
「その大鬼を一人の王家直属の剣士が一刀に切り伏せたのです! それは見事な太刀裁きだったそうな、私も立ちあいたかったものです。しかし話は此処で終わりません、その大鬼の死骸からわらわらと小鬼が現れたのだとか! それは一大事です!」
「!」
死骸から湧き出た! それは有力な発生源の情報だ。つまり
講談は剣士の斬ったはったを語り聞かせているが、西王母としてはこうはしていられない、ささっと会計を済ませると店を出る。
「大元はきっと強い恨みに違いない、しかも
ピシッ! と城を指さす西王母。彼女はこう言った。
「ずばり! 王族の毒殺事件! これが
呵々大笑とはまさにこのこと、西王母はいざ行かんと王城の門へと向かうのだった。
🍑
王城、門の前。
そこにも門番が居り、金の通行手形を持っていないと中には入れないらしい。
「仙術を舐めるでないわー!」
あっという間に金の複製通行手形を作ると門番に差し出す。
「よし、して王城になんの用か」
「ハッ、これなるは王から直接、育てるよう頼まれた桃なれば、こうして直接、ちょ・く・せ・つ! 果実を届けに来た次第でございます」
「むう、確かに、この門番、その勤めを果たしたと王に伝えてくれ」
「かしこまりました」
桃にも仙術が使われており、その桃を見たものは西王母の言う事を信じてしまうという暗示にかかるという寸法だ。
「しめしめ、確かに伝えておきますよっと。さて」
広い広い王の城、そこに深く根差した陰謀を解き明かし、
「これは難敵だわ、例え仙人でもね、いえ仙人だからこそ回って来た仕事と言うべきかもね」
まずは事情聴取だ。かといって王を捕まえて「さぁ、お前は誰を殺したんだ!」などと聞くわけにもいくまい。
まずは侍女辺りを捕まえて少しずつ話を聞いていくのが筋だろう。西王母は箒で廊下をはいている侍女を捕まえる。
「あらお客様かしら? どうかなされて?」
「それが道に迷ってしまったのです、王城は広いでしょう?」
「そうでしたか、確かに城は広いです。時々、私も迷う時があるんですよ。なんて私の話はいいんです。どこへ行きたいのですか?」
「実はこの桃を王に届けに来たのですが、城の食を扱っている場所がどこか分からなくてですね」
嘘も方便とはよく言ったものだ。まだ毒殺と確定したわけではないが、天にいた時から華國の王族では身内の毒殺が流行っている。なんて噂が立っていたものだ。そして毒といえば食べ物に混ぜるのが常道だろう。そんな裏に常道も何もあったものかと思うが、あってしまうのだから仕方ない。
「食事処ですか? しかも王様の? そうですね……そうなると料理長のところまで行かないと……」
(料理長!)
誰かを毒殺するならば最も共犯に適した人材ではなかろうか、王家に代々仕え、口は堅く、食を扱うがゆえに自然と毒の扱いにも長けてしまう、そんな職業。
「案内してもらえますか? この桃が腐ってしまう前にとどけたいのです」
暗示にかかる桃を見せる。すると侍女は困ったように笑いながら。
「分かりました、ではご案内しますね」
「助かるわ、ところであなた、名前は?」
「私ですか?
「よろしくね、来来、あなたとは長い付き合いになりそう」
「はぁ……?」
きょとんとした顔を浮かべる侍女こと来来。
こうして西王母の陰謀渦巻く王城探索が始まるのだった。
🍑
王城、廊下。
「ねぇ来来、まだ着かないの?」
「はい、料理長の座敷は王様の近くにありますので」
歩いて小一時間はかかった。本当に屋内か疑問に思うほどの広さである。狭い桃園の中で育った西王母としては初めて地の人間を羨んだ瞬間であった。
「そうね……来来、ちょっと嫌な話していいかしら」
「嫌な話? なんでしょう」
「最近、王族の方でお亡くなりになった人がいるでしょう?」
「……そう、ですね」
明らかに言い淀んだ。きな臭いとはこの事だ。
「この桃はね、その方に捧げるお供え物なの」
「そうだったんですか……」
「だけどおかしいわ、私はその方の事を知らされていないのよ、なにせ田舎の桃園育ちだったから噂にも疎くて」
「噂にはなっていないと思います。あなたになら話していいでしょう、王の御触れで城外にこの事を漏らすなと言われているのです」
正解を引き当てた。西王母は事件の核心を掴んだ感覚を手にした。そう、
「ねぇ来来、よかったら知ってる事、全部、話てくれる?」
そう言うと、また西王母は暗示にかかる桃を取り出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます