第4話 お世辞はいいっつってんのよ

 驚きのあまり、私は彼へと質問を投げかける。


「ちょ、待って。アルデバイデさんはその……ウリリ? の人たちへは何もしてないんですか?」

「まぁ……下々は襲撃の腹いせに何かしとるかもしれんがのぅ、わしは何もしとらんし反撃許可もしとらん。やってることといえば、たまにくる勇者に討たれたフリする演劇かのぉ?」


 大分、話がおかしい。

 私はハルトスンへと視線を投げた。

 初めて聞く話なのか、彼は動揺を隠せないでいるらしく。

 両手を組んで少し下方向へと顔を向け、今しがた手に入れた情報を整理しているかのようにも見える。

 沈黙が続き、いくらか時間が経ってから、彼は口をひらいた。


「……恐らく、その二人というのは我が国の建国の祖だと思います。勇者も……文献上記述があったと……っ」


 ハルトスンは話す途中で唇をかむ。

 鎮痛な面持ちになんだか居たたまれなくなって、ついおせっかいを働いてしまった。


「じゃあ、こちらから使節団を送っちゃいません?」

「は?」

「は?」

「その、は? っていうのやめません? 使節団ですよ、組織の代表を話し合いの場に放つアレです。あ、勿論アルデバイデさん側には私がつきます、どうでしょう?」

「して、お主にそれをしてなんの旨味がある?」

「や、大人としてほっておいたら寝覚め悪いじゃ無いですか。アルデバイデさんに恩売っておきたいですし、何より帰宅するためです」


 私は腹芸はできないので、正直なところを素直に伝えた。


 結婚なんてしたくなかった、という想いが湧き上がるくらいには散々な目にあった。

 何度か浮気もされた。

 女らしくしろ、尽くせ、これをするなあれをするな。

 子供をこうしろああしろ、これをさせるなあれをさせるな。

 とにかく、要求が多くて。

 ただただ必死に達成する日々だった。

 時間に追われ、何かが擦り切れていった。

 家庭を整えるうちに、一つ一つ、大事なものが全身からこぼれ落ちていくようだった。

 もし生まれ変わったら、もう、結婚なんてしないと思って。


 だけど。


 死んだと思えば、会いたくて。

 会いたくて。

 会いたくて。


 勝手だ。

 とても勝手な、衝動。

 言うことを聞いてもらえなくて手をあげたこともあった。

 声を荒げたことも。

 泣く声にイライラしてしまって。

 その自分の情けなさに、また腹が立った。

 ひどい言葉を投げては後悔して、ちょっと抱きしめて大丈夫な気になったりして。

 そんな、しょーもない親だった。

 情けない、人間だった。


 けど。

 だけど。

 どうしようもない親だけれど。


 私は我が子に会いたい。

 あの旦那も子供だけは最低限世話してくれるだろう、とは思うけど……何してるかもう信用ならないから、ほんとに帰りたい。

 ほっとかれてないだろうか。

 叩かれてないだろうか。

 家から、締め出されてないだろうか。

 泣いてないだろうか。

 何事もなければ、今頃お大根様を大根ステーキにして「おいち〜」の合唱を聞いていたはずなのだ。

 足りなかったからと追加で作って、お腹壊さないようにねって言ってお皿におかわりさせながら、足りなくなった食材と特売チラシを睨めっこしていたはずだったのだ。


 本当なら、何を置いても守らなきゃいけなかったもの。

 守りたかった、人。

 守れなかった、人。


 いけない、思い出したら涙がちょちょぎれになる。

 そんなみっともない顔は、ほぼ初対面の人に見せたくない。


 ハルトスンとアルデバイデの瞳が、こちらを見ている。

 私はグッとこらえると、言葉をつなげた。


「ウリリ側のちょっかいですよね、要はそれが止まればいいわけです。なら『聖女が見聞きした』という言葉って結構力ありません?」


 二人ともハッとした後、八の字眉になる。


「かなりの年月やっとる相手じゃぞ、通じるかのぉ」

「……知らず慣例的にやっていた事ならもしくは、でしょうか。ダメだった時のことも考えなくてはいけない、とは思います」

「ま、わしはめんどくさいことが減ればそれで。好きにやってみるがいい」


 お許しが出たので、私はハルトスンと共に彼の国へとすぐさま向かうことにした。

 時間がいくらあっても足りない、そう思った。

 だけど、馬が疲れていると言うことで、休息を取らせてから出発することにする。

 お茶、ではなく出されたアルコールをちびちびとやっていると、ハルトスンがこちらをじっとみていることに気づいた。


「何か顔にでもついてますか?」

「いえ、なんといいますか美しいなと……あ、すみませんいきなりこんなこと」

「はぁそうですか……」


 何を言い出すんだろうこの醤油。

 綺麗なのはキサマの方ではないか。

 文句をたれそうになったのを、拳を握ることで逃した。


 ピシ。


 アルコールの入ったガラスコップの持ち手が割れる。

 ぅえ?!

 私そこまで力入れましたかね?!


 ……それとも、聖女とやらの力だろうか、今更ながら、自分の存在が空恐ろしく感じる。

 どこまでなんの力を付与されちゃってるのかしら?!

 粉々にしてはことなので、とりあえずコップはテーブルに置くことにした。

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