第3話 まずは知ることからでしょ

 地面は荒々しく削れた岩肌のようである、そこに顔面を打ち付けたらさぞかし痛かろうと思い、一応は尋ねた。


「魔王じゃからの。面白い人間よ、わしを恐れもせずさりとてこの世界の人間を歯牙にもかけとらん」

「あ、だってさっき召喚されたばかりなので」

「は?」


 私と上体を起こしただけの魔王の間に珍妙な間が生まれる。


「――ってくださいよー!!」


 とそこへ、醤油じゃなかった、彼――召喚場所にいた人がようやっと追いついた。

 早馬で駆けてきた彼は、少し疲れた様相だが気がせいているのか馬上からするりと降り、走って私のところへとやってくる。


「魔王城の位置を知らせたらすぐ走っていってしまうとか、何なんですか?!」

「え、聖女?」

「っぐ、確かに、そう私は言いましたけれどもっ」

「知りませんよ〜、だって走ったら早かったんですもん」

「もん、じゃないです。びっくりするから早かったからって行かないでください」

「はーい」

「軽い……!」


 召喚場の人は、私に言われた言葉に何をか感じ取ってしまったのか唇を噛む。

 いやだって、他人事なんですもの。

 けど、困ったなぁ……。


「じゃ、まずは……自己紹介から始めません?」

「は?」

「は?」




 ※ ※ ※




「それでは、自己紹介お願いします!」


 魔王城応接間。

 魔王の城の部屋としては、白を基調としてダークブラウンの色調の家具で統一されたその部屋は、人間世界のごく一般的な内装に見える。

 そんな中、もう光っていないただの大根のヘタを持って革張りのソファに座った私は、正面に座る魔王に自己紹介を強要していた。

 とりあえず、醤油の彼が「ハルトスン、です……」と応答する。


「……おい、そこの人間、こやつ大分おかしゅうないか?」

「言っている意味は、何となくわかりますけど……何だか元気で可愛くないですか?」

「ふむ」

「おーい、聞いてますか? 何ひそひそ話してるんですか感じ悪いですよ」


 私が指摘すると、大の大人は二人視線を合わせたまま押し黙った。

 その隙間に、使用人らしき人がテーブルに何か飲み物を置いてくれる。

 好奇心に釣られてコップを手に持ち匂いを嗅ぐと、ほんのりアルコールの香りがした。

 お酒のようである。


「しょうがないですね、では次に私が。美東みとうあゆむ三十七歳です。夫と子供は二人います。一般的日本人な容姿のただの主婦ですがこの度召喚されまして聖女やってます」


 こちらはかの有名なお大根様ソードです、と、ついでにテーブルの上に置いた大事な剣の紹介も済ませる。

 その後目力で魔王を威圧すると、観念したのか彼は口を開いた。


「魔王、アルデバイデである。歳は忘れた、千年は経ったかのぉ。いかつい容姿じゃがこれでも人間じゃ、系統が違うがの」

「え?」

「え?」

「えっ、て知らんかったんか? おかしいのう、わしそっちの偉いのと以前一回話つけとるぞ?」


 不思議そうに、魔王――アルデバイデは言いながらハルトスンへと視線を投げた。

 それを受けたハルトスンはというと、目を落っことさんばかりに見開いている。


「どういう、ことですか?」

「そーだそーだ、説明しろー!」


 私はコップ片手にヤジを飛ばした。

 断じてデキ上がってはいない、深刻になりそうな雰囲気の緩和ってやつだ。

 アルデバイデはこっちを胡乱そうな目で見つつも、ハルトスンへと説明してくれた。


 いわく。

 昔々そのまた昔。

 まだお互いがお互いを認識することなくこじんまりとそれぞれの人種が暮らしていた時。

 ひょんなことから魔王の属する人種の女と、ハルトスン属する人種の男が、出会って恋に落ちたそうだ。

 お互い初めて出会ったものだから、どうすれば良いのかわからずにそれぞれ族長的な存在に相談しにきた。

 そもそも魔王がー魔族がーだのと言い出したのは近代で、それまで種族はまとめて長命種アルルと呼ばれていて、ハルトスン側は短命種ウリリと呼ばれていたらしい。

 それがいつしか、お互いの交流がなくなり、気がつけば人種的特徴の外見を気味悪がったウリリ側の一部が魔王と言い出し、やがてそれは種全体に共通認識として広まってしまったそうだ。


 話を戻して。

 相談してきた当時、アルルの長はアルデバイデで、ウリリの長はウリランデという人だったらしく、二人で話して結婚を許可したそう。


「二人はウリリの里へ居を構えた。仲睦まじく暮らしたと伝え聞いとる。こちらは単一国家じゃが、そちらは確か今では色々国があるのだろう?」

「あ、はい。昔国が乱立し統合される中でバランスが取れた結果、今は五国ほどありますね」

「そのうちの一つは、許可した二人が起こした国じゃったかな。何故かそこの人間から時たま刺客が送られてきてのう……最初は勇者、と言ったか? 今は聖女になっとるが。あれ、というかコレ困っとるんじゃよのぅ」


 アルデバイデは直球で行くことにしたらしい、私に親指を示しながらもにこやかに、中々の爆弾発言をした。

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