第2話 帰れさえすればそれで良い
呆然とする私に醤油は、
「申し訳ございません聖女、これも運命。聖女様と認定された以上は、このまま我が国の為に尽力していただかなければ、帰れないのです」
と告げた。
※ ※ ※
「……嘘、でしょ?」
「嘘ではございません、聖女様。無理やり転移させてしまい申し訳ありませんが、我が国も困っているので貴方様を呼んだのです」
「今日は大事な特売日だったのよ?!」
「は?」
「卵なんて一パック二百五十円までね上がったのが千円買えば百円だったの!! 豚コマだって今百グラム百四十円までなっているのが九十八円だったのに!! どーしてくれるのっ」
私はあまりのショックに、相手の胸ぐらを引っ掴むとガクガクと全力で揺さぶってしまっていた。
お醤油だって一リットル一本百八十円の目玉が……だなんて考えているとふと相手が重くなったのが、両手に伝わってきて。
見ると醤油な彼はぐったりと力なく目を閉じてしまっていた。
「あっ、ごめん!」
謝ったがもう遅い。
あまりの速度に彼は気絶したらしく。
「水先案内人が……!」
自分の失策で、私はお大根様と気絶した成人男性? と一緒に血図形が描かれた地下室のような場所でしばらく過ごす羽目になったのだった。
※ ※ ※
どれくらい経っただろうか。
立ったままで支えるのはしんどかったので醤油は寝かせることにして、私はあたりを見聞していた。
何があるかわからないので念のため、お大根様は手の中で、けれど力をこめていないからかもう光ってはいらっしゃらない。
力なくプラプラするそれを少し自分でも揺らしながら、あたりを歩く。
鞄は見つからなかった。
「……んっ」
「気がついた?」
横たわっていた相手の目が覚めたので、そちらへと足を向ける。
「あ、すみませんでした。私は……気絶してしまったのですね、お恥ずかしい」
事情を説明するはずがお世話をさせて申し訳ない、とその醤油は言ったけれど気にしていなかったので、
「気にしてないですよ」
と、上体を起こした彼の横へ座り込みながら返した。
「帰る方法、教えてもらって良いですか?」
病み上がり? 起き抜け? の人にかける言葉ではないけど、私は帰らなければならない。
気迫を込めて尋ねると、相手もその気配を受け取ってくれたのか「帰るには」と言う要点から話し始めてくれた。
「我が国は今、魔王と交戦中なのですが、それを倒していただきたい。そうすれば異界の門がまた開くそうです」
「召喚した方法と同じじゃだめなんですか?」
「はい。何故かはわかりませんが、送り返す場合は条件が付くようなのです」
「え、なんですかそのいらない設定」
「古から異界より聖女を召喚してきた歴史がありまして。なので前例に習ってあなた様を召喚したに過ぎず……実は詳細を私は知らないのです、……すみません」
醤油は肩を縮こまらせて謝った。
「研究とかされてないってことですか?」
「いえ、えっと……私が知らされていないだけかもしれません。言われてみればそうですよね、その辺はちょっと調べてみます。けれど今のところその条件でないと前例がないのです」
申し訳なさそうに醤油――彼、と言った方が良いかもしれない、受け答えを精査するに何せ誠実そうだ――は言い終わるとこちらを見た。
私は帰る条件のことは一旦忘れて、話を進めることにした。
「で。魔王、どこにいますか?」
「は?」
※ ※ ※
「たーのもー!!」
人間の住む地域よりだいぶ北、その荒涼とした大地に山のようにそびえ立つ魔王城。
その麓に、私はいた。
「何じゃうるさいのう、わし寝とったんじゃぞ」
「いざ、参る!!」
「は?」
ガキィン!
硬い素材の合わさる音が響き渡る。
私の手にはお大根様ソード、魔王の手元には何もなく、ただ伸びた硬質の爪がお大根様ソードを受け止めていた。
「お主何をする?!」
「恨みはないけど、とっとと帰りたいので依頼されて魔王様を打ち取りに来てます!」
「ちょ、雑すぎ!」
魔王――黒髪赤い目の、老齢とも若輩とも見える出で立ちで黒いローブを纏った姿はこれぞ巨悪といった雰囲気だ。
その魔王は私の言動に目を白黒させている。
「何故、この世界の争いに加担する?」
「倒さないと帰れないって言われたので」
「なら、帰れるとしたら何とする?」
「え?」
「帰してやろう、元の場所へ」
「あ、じゃあよろしくお願いします」
私はすぐさまお大根様ソードを引っ込めると斜め後ろに二歩ほど下がった。
魔王は予測していなかったらしく、勢い私がいた場所へもんどりうって倒れる。
「……大丈夫、ですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます