くらえ、大根ノックソード!〜 私のぷにぷに返してよぉ!帰りた主婦の異世界帰宅珍道中〜

三屋城衣智子

第1話 そうだ川にダイブしよう

「あっ、大根!!」


 買い物袋――じゃなかった今はエコバッグだ――からころげた大根を追いかける。

 美東みとうあゆむ三十七歳。

 歩いていたのは土手だったものだから、お大根様は土手を華麗にゴロンゴロンと下っていく最中だ。

 私の足の如き太やかで逞しく、私の足と違ってその瑞々しい白さは、土手の雑草と土にまみれて見る影もない。

 そんな大根でも、今日の夕飯と明日以降の大事な食卓の戦力であるからして、私は追いかけないわけにはいかなかった。


 すぐのち、派手な水音を立てて私は大根と共に大泉おおいずみ川に落っこちた。


 大根様を救出できたかは定かではない。




 ※ ※ ※




 ぐごがぼがべぼぼぼぼぼ……


 ああ、こんなことなら借金糞旦那を一発殴っときゃよかった。

 やれ埃があれおかずがだのあんだけ必死こいて家事育児してたのにちくしょう旧時代の姑みたいにネチネチネチネチとっ!

 うー「小説家だぜ!」の陽光院ようこういん蝶子ちょうこ様の『楽してちょんまげ異世界紀行』――略して楽ちょん――の新話読みたかったのに。

 そういえば、ループ? ってあったよね。

 あれ、私だってループしてやり直したいなぁ。


 なんて。

 取り止めもないことを思いながら、何かを掴み。

 右も左も上下も、もう裏表だのなんだのだってわからなくなった頃合い。


 ぱんばぱぱてってってー!


 だなんていう某知育菓子の魔女登場効果音的音楽がながれて来た。

 練るの楽しそうだったなぁそういえば……。


「その願い叶えよう」


 きっともう抱きしめることはできないし、触れることだってできない。

 そんなやくたいない事を考えていたら、不意にどこからともなく声が聞こえた。




 ※ ※ ※




「ぶはぁっ!!」


 ゲホゲホと咳き込みながら私は勢いよく上体を起こした。

 手には太ましくけれど無惨にも菜っぱと上三……いやもう六分の一くらいしかないお大根様が一緒である。


「ああっ、こんなになってしまわれてっ! は! エコバッグ!!」


 私は周りを見渡したが、花柄のちょっとお高いファッショナブルなエコバッグは見当たらない。

 というかなんなら自分が背中に背負しょっていたリュックサックも消えていた。


「我が家の今月の食費!!」


 絶望だ。

 絶望しかない。

 そうだ文豪大先生の如くしのう、今すぐ川へダイブだ。

 とそこで咳き込む前までのことが走馬灯のように私の頭によぎった。


「え、私もしかしてこの世とおさらばしちゃってる?!あばばばばば」

「落ち着いてください」

「これが落ち着いてられたら大富豪ですよあなた! 食費ですよ食費?! 命を助く食費!!」


 叫びながら声のした方を見ると、ショートカットの髪は金色、二重の瞳は深い青で、造形のなかなかに整った醤油顔の王子様みたいな青年がそばに立っていた。

 改めて周りをよく見ると、床には――多分遠くに鳥の足がびょんと出たバケツがあるから血――の図形が書いてあり、床も壁も石造りの、なにやら地下室のような場所だった。




 ――え、ループはしてほしかったけど転移はいらん。




「な……んで、こんなとこ」


 必死に記憶をたどる。

 確か今手に持っている大根を追いかけて、そして――


「私、も……もしかして……?」

「察しのいいお方ですね。そうです、ただこちらの世界に御身移させていただいただけです」

「え?! 帰れますかっ!!」


 私は醤油美形に詰め寄った。

 勢いにびっくりしたのか一、二歩下がりながら彼は私に言う。


「ま、まずはその御手おてにお持ちのソードに力を込めてみてください」

「え? ソード??」


 自分の手を見てみたが、ここにあるのはなんの変哲もない菜っぱとなけなしのお大根様である。

 よくわからなかったがやれば帰れる? とあって、私はソードと言われるがまま、菜っぱを両手に持ち六分の一ほど残ったお大根様が上を向くよう構えた。

 適当に『力よ!』とか心の中でカッコつけてみる。

 どうせ何も起こらないでしょ――


 ブォン!


「……お大根様が立った……」

「おお! これぞまさに聖女様の証!!」

「え?!」


 え、のオンパレードだが仕方がない、私はいまだ状況をうまく飲み込めていないのだ。


 手の中のお大根様は、見るも無惨な状態から一転、きらきらしい薄緑のクリスタルのような、ビームのようなニューボディーを手に入れていらっしゃる。

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