第26話 どうなるか覚えておきなさいよ

「お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございませんでした」


 アイリス様が頭を下げてくるけれど、どうして謝ってこられたのかわからなくて、首を傾げて聞き返す。


「お見苦しいところとはどういう事ですか?」

「……あの、私、色々と言われていたでしょう? 言い返さないのかな、とか、思いませんでした?」

「……ああ、そういう事ですか。別に思いませんでしたよ? だって、バカを相手にする方が大変ですし。ああいうのには何を言っても無駄でしょう。彼女達はアイリス様が羨ましいだけでしょうし、言い返すというよりか、逆に自慢してあげた方が良かったかもですね」


 イーサンとリアム様が女子同士で仲良く話せば良いと、他の貴族達の所へ行ってしまったので、アイリス様と私は2人で壁際に寄って立ち話をする事にした。

 なぜなら、初対面だから落ち着いた休憩室で2人きりというのも話題に困ってしまいそうだから。

 大勢の人が近くにいると、話題が途切れても「あのドレス可愛いですね~」とかいう他愛のない話もできるものね。


 友達はほしいけれど、若い人が好むような話題に詳しいわけじゃないので、話す内容に困ってしまう。

 年齢はそう変わらないけれど、何を話したらいいの?

 なんて事を思っていたら、アイリス様がさっきの話をするから、そう答えたのだけれど、彼女は苦笑して言う。


「相手にしたら相手にしたで、また勝手な受け取り方をして絡んでくるんじゃないかと思いまして…」

「それはありえますね。だけど、その時は公爵夫人という権力をおおいに使われたら良いかと」

「ええ!?」

「だって、公爵夫人だという事は間違いないですし、何かあれば公爵であるリアム様に責任をとってもらえばいいわけですし」

「これ以上、迷惑をかけたくないんですよね…」


 自分の実家の事を言われているのかしら?

 

 困った様に笑うアイリス様に、言葉を返そうとした時だった。


「クレア!」


 現れたのはまたもや、ムートー子爵だった。

 まだ死んでなかったのね…。


「お知り合いですか?」


 アイリス様に聞かれ、なんと答えたら良いか迷ったけど、知り合いではないと答えても、調べたら元婚約者だなんて事はすぐにわかるから、正直に答える事にする。


「元婚約者です」

「えーっと」

  

 アイリス様はどう反応したらいいのかわからない感じで、視線を彷徨わせる。


「気になさらなくて良いですよ」

「クレア! このまま、お前が帰ってこなかったら、俺は犯罪を犯すかもしれない」

「ふざけた事を言わないでよ! 犯罪を犯す理由に私を使わないで!」

「なら帰ってこい!」

「嫌よ」

「……俺は警告したからな」


 ムートー子爵の声色と表情が変わり、悲しげな表情から憤怒のものに変わった。


「このブスが! 俺から謝ってやってるのに調子にのりやがって!」

「調子にのってんのはあんたよ。次にそのツラ見せたら、どうなるか覚えときなさいよ」


 ムートー子爵は一瞬ひるんだけれど、私達の方を睨んでから踵を返して、人混みにまぎれていった。


「何か、私の事も睨んでいかれましたけど、私がリアムの妻だという事を、あの方はご存知ない感じですか?」

「かもしれません。パーティーに出ても、食事して、知り合いと話すくらいしか昔はしてませんでしたから」

「私にも変な婚約者がいたんですが、クレア様の元婚約者もひどいですね」


 アイリス様がくすりと笑う。

 お互いに元婚約者がおかしいという共通の話題があり、そらからは話が弾んで、あっという間に時間は過ぎてしまった。

 今度は一緒にお茶をしようという約束をして、その日は別れ、久しぶりにジュード家の親類関係以外の女性と話が出来た私は、いつになくご機嫌だった。


 だから、ムートー子爵に対する警戒心がすっかりなくなっていた。

 そして、ムートー子爵が本当に馬鹿だった事を、後日、思い知らされる事になる。 

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