第25話 しないからね
料理がたくさん並べられているテーブルの所まで行き、持っていた皿を空きスペースに置いて手を自由にすると、ひたすら無心で食べ始めた。
だって、後で挨拶をしにいかないといけないし、そうなると今日はもう食べられなくなってしまうかもしれないから。
「ん~。ローストビーフ、美味しい」
1人で幸せな気分に浸っていると、イーサンが困った顔をして、私の元へやって来た。
「クレア、迷子になったのかと思って心配するだろ。行き先は告げてくれ」
「ごめんなさい。でも、あなたがそれどころじゃなさそうだったから」
「クレアより優先するものはないから、これからは声を掛けてくれ」
「わかった。これからはそうするわ」
「クレアはすぐにウロウロするからなぁ」
イーサンは呟いたあと、なぜか期待を込めたような目でローストビーフを貪っている私を見てくる。
「何よ?」
「ほら、その、あ~ん、とかしてくれないのかと」
「そんなものはやる事になったとしても、大勢の人がいる前ではやりません」
「家に帰ったらやってくれるのか?」
「1回だけよ?」
「そんな…」
彼の事だから、一生に一度しかしてもらえないなら、いつにしたらいいかとかって真剣に考えてそう。
今回は一回だけって事で、別に頼まれたら違う時に、それくらいならやってあげるのに。
と、言葉にしてあげない私は嫌な奴だわ。
「で、イーサン、あの女性はアイリス様で間違いなかったの? ノマド一家に顔立ちは似ておられたけど」
「ああ、そうだった。アイリス様だった。クレアをアイリス様に紹介するために呼びに来たんだ。リアムもいるぞ」
「じゃあ、行きましょうか」
イーサンは私に食べさせてもらえない事がわかったからか、皿の上に残っていたローストビーフや野菜を全て食べきってしまい、ボーイに皿を返却してくれたので、そろってアイリス様とリアム様の所へ向かう。
近付いていくと、急にイーサンが立ち止まった。
「どうかしたの?」
「い、イチャイチャしている」
「は?」
言われて2人の方を見てみると、イーサンが言う通り、イチャイチャしていた。
こういう時って声をかけるタイミングが難しい。
ちょっと時間を空けてからにしようかと考えた時、アイリス様がリアム様をたしなめたので、私はイーサンの腕を肘でつつき、声をかけさせる。
「リ、リアム…」
イーサンが顔を真っ赤にしながら、声をかけたのはいいけれど、聞かなくてもいい事を聞いた。
「その、もしかして、今、キッスをしようとしていたのか?」
いや、別にそれはわざわざ聞かなくても、見てないふりで良かったでしょうに。
「え? えーとまあ、止められたけどね。人前ではあまりやる事じゃないから、イーサンも気を付けて」
「リアム! どうしたらそんな雰囲気に持っていけるんだ!? 教えてくれ!」
イーサンはリアム様に近付き、つかみかかるような勢いで尋ねた。
そんなもの聞かなくていい。
「は? いや、ああ、可愛いなぁとか思ったら?」
リアム様も真面目に答えないでほしい。
「俺はクレアの事をいつもそう思ってるのに…」
そう言って、ちらりとイーサンが私の方を見てくる。
しないからね?
もし、するとしても、抱きしめられない様に、手首をロープで縛ってからにしなければ。
そんな事を思ってからイーサンの方を見ると、私の気持ちは彼には伝わらなかった様で、私に向かって笑顔で言う。
「クレア! 可愛い!」
「やめなさい。ぶん殴るわよ」
「ごめんなさい」
人前という事を忘れて、いつもの調子で返してしまうと、しゅんとしたイーサンが可笑しかったのか、アイリス様がふきだした。
だから、少しホッとしてアイリス様の方に笑顔を返す。
「クレアは滅多に笑わないのに、今、笑ってた」
「え? 今の笑ってたの?」
「失礼ですね」
どうやら私の笑顔はリアム様から見たら、笑顔にはなっていなかったらしい。
リアム様の言葉に噛み付いてから、アイリス様の方に向き直り、カーテシーをしてから言う。
「お目にかかれて光栄です。クレア・レッドバーンズと申します」
「アイリス・マオニールです。お会いできて嬉しいです」
自己紹介すると、アイリス様が笑顔を返してくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます