第24話 ぶん殴ってきて

 ムートー子爵との一件や、本の著者がライトン様だったという衝撃な事実を知ったりもしたけれど、その後は何のトラブルもなく、カフェに行ったり、アイリス様への誕生日プレゼントを一緒に選んだりして、無事に初デートを終える事が出来た。


 ただ、イーサンはその日から、私へのアピールの戦略を変えてきた。

 あとから聞くと、ムートー子爵を恋のライバルだと思い込んだらしく、このままではいけないと思ったんだそうだ。


 どうしてそんな事を思うようになったのか、さっぱりわからないけれど、イーサンらしいといえばイーサンらしかった。


 最初は押して駄目なら引いてみる作戦で、そっけない態度をとったりしてきたのだけど、私にしてみれば腹が立つだけで相手にしなかったら、花束を持って謝りに来た。


 結局、自分が耐えられなくなったらしいのと、このままでは嫌われてしまうと気付き、兄夫婦に相談したら、正直に話して謝れと言われたらしい。

 押して駄目なら引いてみるについてアドバイスをしたのもライトン様らしいので、見舞いに行った時にはさんざん説教をした。

 そんなこんなでイーサンとは仲直りをして、またいつもの関係に戻った頃、私とイーサンは、とある夜会に出席する事になった。

 この夜会に出席した理由は、とてもわかりやすい。

 なぜならローストビーフが絶品だと教えてもらったからだ。


 ちなみに、辺境伯家ではお肉料理はあまり出ない。

 飼っている動物達を思い出してしまうから。

 もちろん、何かのお祝い事やパーティを主催する場合は別で、次の日は、なぜか辺境伯家全員が、無意識に牛舎などには近付かないようになっている。

 そんな事をしても無意味な事はわかっているけど、なぜか私も含めて後ろめたい気持ちになってしまう。 


 残さず美味しく食べてあげる事が一番なんでしょうけれど。


「今日の目的はローストビーフだったな?」


 イーサンに言われて頷くと「取ってくるから、クレアはここで待っててくれ」と言われ、会場の端の方で待っていようと思ったら、先客がいたので、少し離れた場所の壁に立って待つ事にした。


「あの方がマオニール公爵の奥様なの?」


 そんな声が聞こえて顔を向けると、私に背を向けている3人の令嬢が、私が先客だと認識した女性の方を見ていた。


 失礼にならない程度に話題の彼女を観察してみると、ダークブルーのイブニングドレスに身を包み、黒色の髪をシニヨンにして、青色の小花のコサージュをつけた、大人しそうな女性だった。

 

 3人の令嬢は何やら本人に意識してもらえるように、彼女の前を行ったり来たりしている。


 なんなの、あれ。

 暇なのかしら?


「クレア、どうかしたのか?」


 イーサンが野菜がのった皿と、ローストビーフが山盛りに盛られた皿とカトラリーを持ってきてくれた。


「ありがとう。……あの令嬢方が気になって見てたんだけど」

「どうかしたのか?」

「あそこにいる女性に対して、何やら嫌なことを言ってるのよ」

「1人に大勢で何か言ってるのか? それは駄目だ。注意してくる」

「待って、イーサン。行くなら食べ物は置いていきなさい」


 私に言われて、イーサンが料理を持っていてもらおうと近くにいたボーイを呼びとめた時だった。


「ええ? そうかしら? だって、そんなに良い体はしておられないわ?」


 令嬢達の言葉が耳に入り、なんだかカチンときたので、ボーイに皿を預けて歩いていこうとするイーサンを、もう一度呼び止める。


「イーサン、待って」

「どうしたクレア? 寂しいのか?」

「違うわよ。良い体というのが、どんなものか聞いて? もし胸が大きいとかだったら、ぶん殴ってきて」

「そ、それは、男の俺が聞いていいものなのか?」

「私の代わりに聞くんだから良いのよ」

「…わかった」


 イーサンは渋々といった感じで頷くと、令嬢達に近寄っていき尋ねた。


「おい、君達。良い体とはどんなものなんだ?」

「あ、あなたはイーサン様!?」


 訝しげな表情で振り返った令嬢達は、イーサンを見た瞬間に色めきだった。


「こんばんは。で、良い体というものを教えてくれ! 俺の婚約者が知りたがっているんだ! あの、とある一部の部分を言うなら、ぶん殴ってこいと言われてるんだが…。だから、その一部でない事を祈る…」


 令嬢達がイーサンの質問に困惑しているのを、楽しい気持ちで見ていると、ふと視線を感じた。

 無意識に目を向けると、アイリス様らしき人と目が合ってしまったので、軽く頭を下げたら、会釈を返してくれたので、微笑んだ後、また令嬢達に目を向ける。


「あ、いえ、その…」

「やはり言いにくいことなのか? もしかして、クレアが言っていた部分の事を言っているなら、俺はそんな事は気にしない! 全ての男性がそこばかり気にしているわけじゃない! だから君達もそんな事を気にしてはいけない!」

「え、ええ…?」


 イーサンの言葉に、令嬢達が困惑の声を上げた。

 イーサンが面倒くさいモードに入った気がしたので、ボーイから先程、イーサンが渡した皿を受け取り、落としたりしないように気を付けながら、私は静かにその場を去った。

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