第21話 それがご希望かしら?
「クレア! あれはカップルだろうか?」
店が並ぶメインの通りを2人並んで歩き出したのはいいものの、ウインドウショッピングがしたい私の気持ちには気付かずに、イーサンはすれ違う若い男女を触れていない方の手で指差しては、はしゃいでいる。
イーサンが私と手を繋ぎたいと言い出したけれど、指を潰されても困るので、現在、手は繋がずに触れるだけにしている。
「イーサン、人を指差しちゃだめよ」
「そうだよな。これは失礼した」
本人達は気付いていなさそうだけれど、イーサンは指を差してしまった男女に向かって、律儀に頭を下げた。
「イーサンがしたい事をするには、カフェを探さないとね」
「あ、そうだ。クレア、他にもお願いがあるんだが」
「何?」
「リアムの奥様の誕生日プレゼントを選ぶのを手伝ってくれないか?」
「そう言えばだいぶ前に言ってたわね。かまわないけど、誕生日はいつなの?」
「もう過ぎた」
「は?」
なぜか自信満々に言うイーサンに、思い切り聞き返すと、そんな態度をとるものではないと気が付いたのか、俯いてから答える。
「ほら、父上達の事があったから」
「…そうね。それどころじゃなかったものね」
「遅くなったけど、プレゼントしたいんだ。リアムの奥様だからな」
「イーサンも結局はアイリス様に会えてないの?」
「ああ。ただ、あのリアムがアイリスが可愛いってデレデレしているから、絶対に奥様は良い人だ」
「デレデレって…。リアム様には最近、会ったの?」
そんな話を聞いていなかったから聞いてみると、イーサンは少し考えてから頷いた。
「個人的に会ったんじゃなくて、辺境伯以上の貴族が集まる会議で会ったんだ。俺は父上の代理だが」
「まあ、いつかは出席しないといけなくなるんだし、慣れておくのも悪い事ではないものね」
「で、その時に話を聞いた。そういえば、ノマド男爵達とは縁を切る事になったらしい」
「あら、そうなの? 良かったじゃない」
「それから、奥様は友人が少ないらしいから、クレアが良かったら、友人になってあげて欲しいと言われた。だから、クレアは1人も友達がいないから大丈夫だと伝えておいた」
「それ、大丈夫じゃないやつだから。でも、私なんかと友達になりたいかしら?」
私が言うと、イーサンは笑顔で頷く。
「クレアは悪い奴じゃないからな。それに、さっきも言ったが、リアムが選んだ人なんだから、絶対に良い人だし、クレアの愛想の無さも、きっと気にしたりしない!」
「さっきからあなた、私の悪口を言っている事に気付いてる?」
「えっ!?」
気付いていなかったようで、イーサンがアワアワした時だった。
「クレア!」
名前を呼ばれ、足を止めて振り返ると、ムートー子爵がいた。
「あいつは…」
イーサンがムッとした顔をして、ムートー子爵に向かって行こうとすると、彼は後退りしながら言う。
「クレア! お前と話が、あっ、いや、君と話がしたい」
「あなたに婚約破棄されて、辺境伯家に居候するという話をしたら、名ばかりの両親から承諾をもらいましたよ? だから、あなたとは赤の他人なので話をしたくありません。では、ごきげんよう。イーサン、行くわよ」
イーサンの袖をつかみ引っ張ると、彼は渋々ながらも、私の命令に従う。
「わかった」
「クレア、聞いてくれ! 君がいなくなってから、家の事や事業は無茶苦茶だ! 俺の両親への恩返しだと思って戻ってきてくれ!」
「は? こんな時にだけ2人の事を出してくるのは止めなさいよ」
歩き出した足を止めて踵を返し、逆にムートー子爵に近付いていきながら続ける。
「あなたがどうなろうと知った事ではないけれど、あなたの両親に恩があるのは確かよ。そんな事は言われなくてもわかってる。いちいち口にしないで」
私がムートー家を出ていって、心残りがあった事が一つだけある。
亡くなったムートー子爵夫妻に関わるものを何一つ持って来れなかったこと。
写真も形見になるものも、何も持ってこれなかった。
私にとっては、本当の両親よりも可愛がってくれた人達なのに。
「クレア?」
私が黙っていたのが気になったのか、イーサンが心配そうに顔を覗き込んできて続ける。
「路地裏に連れて行ってボコボコにしてこようか?」
「……」
真面目な顔で言われたから、沈みかけていた気持ちが吹き飛んでしまった。
「大丈夫よ」
イーサンを見て怯えているムートー子爵を見て、私は口を開く。
「今すぐ私の目の前から消えないなら、イーサンに取り押さえてもらって、あんたを殴るつもりだけど、それがご希望かしら?」
そう言われたムートー子爵は、怯えた表情で私とイーサンを見た。
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