第19話 抱きしめないのが1番よ

 治癒師の頑張りもあって、ライトン様は重症の状態から、普通に動けるような状態に戻り、ホッと胸を撫で下ろした。

 さすがの私も今回に関しては、罪悪感と自己嫌悪に苛まれている。

 ああなる事はなんとなくわかっていたのに、やらせてしまっただなんて、もう少しで私が殺人教唆になる所だった。

 ライトン様には申し訳ない事をしたと思っている。


 だから、イーサンをあんな風にしてしまった事もチャラにする。

 いや、チャラにしないといけないし、むしろ、向こうが色々と私に文句を言ってもいいような気がする。


 ライトン様は女性には優しくをモットーにしているらしく、謝り倒した私に笑顔で接してくれて、その辺に関しては、人間的に出来ている人だった。


「申し訳ございませんでした」

「いいよ、気にしないで! こうなりそうな事は予想できてたし」

「でも…」

「じゃあ、一回の治癒で完治は厳しそうだから、また治癒師にみてもらえるようにしてくれない? それでチャラにしよう」


 思った以上に良い人だった。

 私も見習わないといけないわ。

 私がライトン様の立場だったら、私やイーサンに罵声を浴びせてそうな気がする。

 

「ライトン、すまなかった」

「いや、戦場でのお前を知っているんだから、先に気付くべきだった…。というか、クレア嬢が被害に合わなかったからいいとしておこうか」


 しゅんとした顔でイーサンが謝ると、ライトン様はそう言ってから続ける。


「イーサン、お前の力はゴリラだ。もうお前は顔のいいゴリラといっても過言ではない。だから、クレア嬢が好きなら、興奮するな。そっと壊れ物を扱うようにするんだ! いいな!? ゴリラだって力を調整できてるんだから!」

「ゴリラか! 俺は動物が好きだし、ゴリラも好きだ! ゴリラの気持ちになって考える!」

「やめろ」


 私とライトン様の声が揃った。


「今日は疲れたし、帰らせてもらってもいいかな。この調子だと、イーサンは君に熱烈なアタックをしているようだし、その分の責任は取るよ」

「申し訳ございませんでした」

「謝らないで。女性の悲しい顔や辛い顔は見たくないんだ」


 ライトン様は私にばちん、と綺麗なウィンクをすると、座っていたソファーから立ち上がった。

 イーサンと2人で彼を見送ったあと、イーサンががっくりと肩を落として言う。


「ライトンには悪い事をしてしまった。もう友達ではいてくれないかな」

「大丈夫よ。あなたの事をよくわかってくれているようだったし、イーサンが反省してるって事は、絶対に伝わっていると思うわ。わざとなら許せないだろうけど、あなたはわざとじゃないし、指示したのは私よ」

「慰めてくれてありがとう。でも、見舞いには行くとするよ」

「そうね。治癒師を連れて私も一緒に行くわ」


 頷いてから、この後の予定をどうしようか考える。

 思ったよりも早くにライトン様が帰ってしまわれた、というか、帰らせる事になってしまったから、この後の時間があまってしまった。

 ちょうど反省している事だし、ここはイーサンを調教する時間にあてるべきか…。


「イーサン。こんな事になるかもしれないとわかっていながら、ライトン様にお願いした私が悪いんだけど、でも、わかってくれた? あなたが私を抱きしめたら、私がライトン様の様な事になるわけ」

「それは困る」

「じゃあ、ライトン様も言っていたとおり、加減を覚えるようにしなくちゃね。ゴリラだって自分の赤ちゃんを握りつぶしたり抱き潰したりしないでしょ?」

「わかった! クレアの事を考えながらもゴリラの事を考えるようにする」

「どうして、ゴリラの事を考えるのよ。…まあ、それはそれでいいかもしれないけど。それは私相手じゃなくても、家族や友人や、赤の他人にもしちゃ駄目よ。もちろん、戦場とか、自分の身を守らないといけない時はしょうがないけれど」


 なんにしても、私を含め、彼の大事な人や無関係な人が、彼の恐ろしいほどの力によって壊されてはいけないし、そんな事になれば彼自身も傷付くだろうから、それを見るのも嫌だ。


「クレア、クレア」

「何?」

「力の加減を覚えたら抱きしめさせてくれるのか!?」


 キラキラした目で見てくるけど、出来れば抱きしめられたくない。

 だって、あんなの見たら普通はトラウマになるでしょ!


「そうね。あなたが覚えたと思ったら教えてくれる? テストするから」

「わかった。俺はクレアの為に頑張る」

「私の為を思うなら抱きしめないのが1番よ」


 きっぱりと答えると、それはもう傷付いた表情をするので、今日は優しくしてあげる事にした。


「イーサン。これから時間ある?」

「あるけど」

「じゃあ、デートしましょうか。もちろん、デート費用はイーサン持ちで」

「する!」


 さっきまでの傷付いた表情はどこへやら、イーサンは満面の笑みを浮かべて頷いた。

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