第17話 リセットして下さい

「クソ親子だなんて…」


 ちょっと涙目になって言う娘の方に叫ぶ。


「こんな時だけ被害者ぶらないでよ! 泣いたら許してもらえるとでも思ってんの!? あんた達がやってる事はクソガキよりもタチが悪いのよ! やり返していいんなら、今までのあんた達のイタズラを全部調べてやってやりましょうか!? 望むなら、やめてって泣きわめいてでもやってやるわよ!」

「お母さま! 怖い!」


 母娘はお互いを抱き合ったところで、騒ぎを聞きつけて集まったギャラリーが、母娘に向かって口々に叫ぶ。


「迷惑なんだよ! 夜会に来るな!」

「招待状が社交辞令だって事、どうしてわからないの!?」

「そんな! 皆、ひどい…」

 

 周りを見回しながら、母娘は座り込んで泣き始める。


「クレア! 帰ろう!」


 人が集まってきたからか、ノマド母娘を私がぶん殴る前に、イーサンが私を抱えて、馬車の中に放り込んでくれたので、大勢の前での暴力沙汰にはならずに済んだ。


「やっぱりクレアはいいなぁ」


 イーサンは私のキレっぷりや彼への塩対応が好きらしい。

 馬車で帰途についている途中、向かいに座る私を見て、なぜかデレデレした顔をしている。


 この子、ちょっと危ない子なのかもしれない…。


 いや、人の好みを否定するのは良くないわよね。

 となると、塩対応が好きなら、ここは可愛こぶってみればいいんじゃない!?

 そうすれば、イーサンの私への興味もなくなるかも。

 イーサンと結婚する事は嫌ではない。

 だけど、身体の関係云々となると、私の命が危なくなる可能性がある。

 好意は素直に嬉しいと思うけれど、命が大事だ。

 ここは程々の愛情にしていただいて、身体の関係に関しては愛人を作ってもらって…。

 って、愛人が死んでしまうかもしれない。

 それはそれで罪悪感が…。


「クレア? どうした? 馬車に酔ったのか?」

「大丈夫よ。イーサン、あなた、最近、おかしくない? どうしてそんなに私を褒めるようになったの?」

「女性は褒めた方が良いと教えてもらったんだ」

「それは他の事を教えてくれた人と同じ人?」

「そうだけど…。よくわかったな?」


 いや、わからない方がおかしいでしょう。


「イーサン、私、その人にどうしようもなく会いたいわ」

「ま、まさかクレア、そいつの事が好きなんじゃ…」

「そんな訳ないでしょ。会った事もないのに」

「会って好きになるんじゃ…」

「それは絶対にないわ。好きになるどころか、ボコボコにしたいランキングに入りそうだから」


 私の言葉を聞いて、イーサンは少し考えるような仕草を見せたあと、首を縦に振る。


「ならいいか。どうすればいい? 家に来てもらえばいいのか?」

「そうね。ちなみに、どんな人なの?」

「伯爵令息だよ。だけど、3男だから騎士になるらしい」

「性格は?」

「うーん、悪い奴ではないと思うが、ちょっと変わっているかもしれないな」

「イーサンが変わってるって言うなんて、よっぽどじゃないの」


 一体、どんな人なのかしら?


 


 それから数日後のある日。

 イーサンも、ここ何日かはなんだかんだと忙しくしていたけれど、休みがとれたという日に、例の彼を家に呼んでもらう事になった。

 

「はじめまして、レディ。お噂はかねがね。キスをしても?」


 名前も名乗らずに会うなり、そう言ったイーサンの友人は何の断りもなく、私の手を取って、手の甲にキスをする許可を求めてくる。


「ご遠慮します」

「まあまあ、そんな遠慮なさらずに」

「遠慮なんてしてません。むしろ、そんな事をされたら不快です」


 相手がどこの誰だかわからないけれど、きっぱりと答えると、様子を見守っていたイーサンが私の手をつかんでいる彼の手首をつかんだ。


「やめろ。クレアが嫌がってるだろ」

「いだだだだだ!! わかった、わかったよ!」


 ストレートの腰まである長い金髪、碧眼の大きな目。

 一見するだけなら爽やかな美男子を、イーサンが紹介してくれる。


「クレア、彼はライトンという。伯爵令息だ。これでも俺より5つも上なんだ。だから、クレアよりかは4つ上かな」

「はじめまして、イーサンがとてもお世話になっております。クレア・レッドバーンズと申します」

「いやー、イーサンがやたらと女性の話をするから、もしかして初恋なのか、と聞いたら、それもわからないって言うからさ、一生懸命、彼に恋の意味を教えたんだよ」

「は?」


 部屋に案内もせず、エントランスホールで立ち話という状態で、彼は言葉を続ける。


「このままだと、2人の関係は進まないだろ? いい事したと思わない?」

「イーサンに色々と余計な事をふきこんだのはあなたですか」

「ふきこんだ、っていうか、恋のアドバイスっていうか?」

「余計なお世話だったんですよ。リセットさせて下さい」

「え?」


 意味が通じなかったようで、ライトン様にもう一度繰り返す。


「リセットさせて下さい。イーサンの感情を」

「え? なんで?」

「このままじゃ、私の命が危ないからですよ!」


 キレるとまではいかず、怒りの感情を彼にぶつけると、ライトン様はきょとんとした顔をした。

 

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