第10話 これでいい?
その後、ひたすらイーサンにはマオニール公爵閣下に頭を下げさせた。
もちろん、私も婚約者として頭を下げたけど、彼はイーサンを責めることはなく、私にも悪いと思うなら、マオニール公爵閣下と呼ぶのはやめてほしいと言われてしまった。
彼のご両親が健在なので、公爵閣下と呼ばれると、なんだか落ち着かないという理由らしい。
彼の中では公爵という自覚はあっても、マオニール公爵閣下という呼び方は、まだお父様のままなんだろう。
パーティーの数日後、そんな事を考えていた時だった。
部屋の外が騒がしくなり、何かあったのかと、部屋の外に出ると、私の隣の部屋のイーサンの自室から、彼が飛び出していった所だった。
「イーサン!?」
声を掛けると、彼は走りながら一瞬振り返ると叫ぶ。
「悪い、クレア! 戦地に戻る!」
「ちょっと待って! 何があったの!?」
「詳しい事は母上からあとで聞いてくれ。出発する前に君には会いに戻るから」
そんな言葉が返ってきたけど、納得いかなくて、彼の後を追いかけると、階段をおりたところで、イーサンの義理の姉である、アビゲイル様と出くわした。
アビゲイル様は、私の顔を見ると、泣きながら抱きついてきた。
「クレア!」
「どうかされたんですか!?」
「お義父さまとイライジャが!」
「何かあったんですか!?」
「敵国に捕まったかもしれないって!」
「そんな…」
泣きじゃくるアビゲイル様を抱きしめて、背中を撫でながら言う。
「大丈夫です。今からイーサンが向かいますから。たとえ、イライジャ様達が捕まっていたとしても、絶対に連れ帰って来てくれます」
「クレア…」
はっきり言うと、捕まっているのなら、生きて戻ってくる確率は少ない。
それは、今から行くイーサンもだ。
「駄目よ。イーサンが行ってしまったら、この家の男性は全ていなくなってしまう。だから、イーサンは…」
「そんな事を考える人間じゃないですよ。誰に止められようが、イーサンは行きますよ」
「クレア!」
イーサンが戻ってきたので、アビゲイル様が私から離れた。
「イーサン、あなた、前線に行くつもりなの?」
「当たり前だろ! お願いがあるんだ、クレア。リアムに君は来なくていいと伝えてくれ」
「どういう事?」
「ジュード家に何かあった時に、次に出るのは隣の領のマオニール家になってる。まだ、マオニール家にはこの戦況は伝えていない。電報を打ってくれ。絶対に負けたりしないから、俺を信じて待てと」
「何を言ってるのよ! もし、敵に侵略されたら…」
そこまで言って、私は言葉を止めた。
その時はイーサンも帰らぬ人になっている時だからだ。
「伝えるわ。だけど、伝えるだけよ?」
マオニール家が何もしなかったら、イーサン達がダメだった時には大変な事になる。
判断はリアム様にしてもらわないと。
「もうすぐ、リアムの奥様の誕生日なんだ。それだけは祝わせてあげたい。だから、絶対にそれまでは俺が食い止める」
16歳が言うセリフじゃないし、本当は止めたかった。
だけど、私が止めても、イーサンは行くだろう。
「イーサン。絶対に伝えるから。ありきたりな言葉かもしれないけど、心から思うから言うわ。ジュード辺境伯やイライジャ様と一緒に生きて帰ってきて。死んだりしたら絶対に許さない」
「わかった」
イーサンは頷いたあと、なぜか恥ずかしそうにする。
「どうかしたの?」
「こ、こういう時は、キッスとかするものだろうかと…」
「しません」
「そうだよな。クレアはそう言うと思ってたんだ」
そう言いながらも、ちらりと何か言いたげに私を見てくる。
視線を感じて、後ろを振り返ると、アビゲイル様がうんうんと首を縦に振る。
なんの、うんうんなの?
ただ、何らかの行動を起こさないと、イーサンは納得しないだろうし…。
こんな事、死亡フラグが立つ気がして嫌なんだけどなぁ。
「イーサン、ちょっとかがんで」
「ああ!」
期待に目を輝かせながら、イーサンが屈んだので、そんな彼の右頬に軽くキスをする。
「…これでいい?」
「クレア、ありがとう。絶対に生きて帰ってくるから。アビゲイル義姉さんも兄さんを連れて帰りますから、待っていて下さい!!」
そう言って、イーサンは準備が整うと、戦地へ向かってしまった。
慌ただしい別れだったけれど、私自身もゆっくりしていられなかった。
すぐに、リアム様に電報を送り、イーサンからの言葉を伝える事にした。
そして、それから3週間後、彼は元気な姿で私の前に現れた。
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