第9話  ボコボコにはしたのね?

  イーサンが戻ってくるまで、マオニール公爵閣下は他の人と話をしたいだろうに、私を1人にしないように、私の話し相手になってくれた。

 その時、パーティー会場の隅に休憩用なのか、ソファーが置かれていたので、そこに座って、マオニール公爵閣下の奥様の話を聞かせてもらった。


 社交界ではマオニール公爵閣下と奥様であるアイリス様は、お互いに気持ちはなく、白い結婚じゃないかという噂が一部で流れていた。

 今日もアイリス様を連れずに、1人で来ていらっしゃるから、余計にそう思われるのかもしれないけれど、彼から話を聞いているかぎり、そんな風には思えない。

 どちらかというと、彼女を人に近づけたくない。

 男性に見せたくない、みたいな感じ。

 奥様の事を話す時の表情はとても優しいし、やはり噂は噂なんだな、と思ってしまった。


 マオニール公爵閣下の奥様は、家族の事でとても苦労されていたらしく、ノマド家と聞いて、その家については、私も思い出した事があり、ひたすら愚痴を言っていると、話が途切れた時にマオニール公爵閣下から尋ねられる。


「クレア嬢はイーサンにすごく気に入られてるよね。何があったの?」

「なんといいますか、お恥ずかしい話ですけど…」


 マオニール公爵閣下に今までの出来事を話すと、綺麗なお顔の眉間にシワを寄せて言う。


「最低な奴だな。貴族といっても名ばかりという奴が本当に増えたな」

「まあ、私にしてみれば、あんな男と結婚しなくて良くなったので助かりましたし、実家にも帰れないので、居候させてもらえる事になって本当に良かったです」

「親でいい思いをしていないのはアイリスも一緒だから、君達は話が合うかもしれないね」

「どうでしょう。私はイーサンの言うように普通じゃないですからねぇ」


 私が刺々しく言うと、マオニール公爵閣下は笑いをこらえようとしたのか、ゲホゴホとむせた。


「失礼。そういう素直なところがイーサンには良かったのかもしれないな。君は駄目なものは駄目だと、彼に教えてくれているみたいだし」

「人を疑わなさすぎるんですよ。いつか、敵や悪い人間に騙されてしまいそうと心配になってたんですが、戦場では彼が行けば劣勢から優勢に変わるらしいんです。だから、強運の持ち主なのかもしれません」

「自分の直感で生きてるんだと思うよ。だから、嘘は逆にちゃんと見抜くんだろう。ムートー子爵がクレア嬢を悪く言って自分が被害者だと言ったとしても、それをイーサンは信じたりしないだろうから」

「そう言われてみれば、そうですね」


 彼はまっすぐで、人を信じて疑わないなんて思っていたけど、実際は違うのね。

 イーサンはちゃんと人を見てくれているのか…。


「ただいま」


 イーサンは笑顔で私達の元へ戻ってきたけれど、服が汚れたりしていないし、乱れてもいないので、ムートー子爵をボコボコにするのは止めたのかと思ったけど、そうではなかったらしい。


「着替えてきたんだ。さすがに友人のパーティーで暴力沙汰がバレたら、彼の顔に泥を塗っちゃうし」

「迷惑かけちゃいけないと思いながらもボコボコにはしたのね?」

「だって、クレアのボコボコにしたいランキング、不動の首位なんだろ?」

「言い方は違うけど、間違ってないわね。でも、暴力は本当はいけないからね。…だけど、ありがとう。イーサンは怪我してない?」

「あいつ、無抵抗だし、可哀想になってきたから手加減したよ。ごめん」

「謝らなくていいわよ。たぶん、無抵抗じゃなくて、あなたが鍛えてるから、反撃されていてもきいてないんだと思うわ」


 ソファーから立ち上がり、よしよしと、つま先立ちになって背伸びをして彼の頭を撫でてやると、イーサンは嬉しそうに微笑んだ。


「僕達と同じで急遽、決まった2人みたいだけど、うまくいっているみたいで良かった」


 マオニール公爵閣下がソファーに座ったまま、私達を見上げて言うと、イーサンがとんでもない事を口に出した。


「そういえば、リアム達は白い結婚っていう噂があるけど、本当にそうなのか?」

「このバカ!! なんて失礼な事を聞くのよ!」

「ご、ごめん! だって、俺は違うと思ってるから」

「…そんな噂が流れてるのか」


 マオニール公爵閣下は頭を抱えてしまった。

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