第8話 不動のランキング1位
「あら、ブサイク令嬢だけじゃなくて、元婚約者もいる~」
酔っぱらっているのか、足をふらつかせながら、相変わらず厚化粧の女は、こちらに寄ってこようとするので、イーサンの服の袖を引っ張る。
「イーサン、私、猛烈に眠いから、家に帰らないといけない気がしてきた」
「そうか。そうだな。女性は眠くなる時間なのかもしれないな。あれ、何か、ふらふらした女性がこっちに来ようとしているしな。って、レーナじゃないか。あ、いや、今は、ムートー子爵夫人だったか?」
「あの2人ってもう結婚したの?」
「知らない。興味がまったくないから」
イーサンがぷるぷると首を横に振る。
「とにかく、帰りましょうか」
「そうだな」
私とイーサンは顔を見合わせたあと、マオニール公爵閣下に別れを告げる。
「じゃあ、リアム。またゆっくり話そう」
「マオニール公爵閣下、本日はこちらで失礼いたします」
「ああ。またゆっくり会えるといいね」
マオニール公爵閣下は、笑顔で手を横に振って、私達を逃がそうとしてくれたけれど、私がふらふら女に捕まってしまう。
「ちょっとぉ、どこ行くのよ! あの時の怖いあなたはどこいっちゃったわけぇ? なんか着飾っちゃてさぁ? イーサンもひどくない? どうして、私にはドレスとか何もくれなかったのに、この女には奮発しちゃうわけぇ?」
ウザい。
本当にウザい。
でも、ここでブチ切れる程、子供ではない。
「……」
心配そうにイーサンが見てくる。
見てこなくていい。
キレたりしないから。
「イーサン、主催者の人にさよならしてから帰るわよ」
「いいんだが、挨拶しなくていいのか? 一応、彼女、結婚してなければ、まだ伯爵令嬢だぞ。いつもクレアは挨拶が大事だって言ってるじゃないか」
「は!? あれで!? 伯爵令嬢なの!?」
「ああ。アバンダル伯爵家の3女だ」
イーサンが大きく首を縦に振った。
すると、マオニール公爵閣下が助け舟を出してくれる。
「アバンダル伯爵令嬢、レッドバーンズ嬢は気分が優れないから、本日はお帰りになるそうだ。挨拶はまたの機会にしたらどうかな?」
「きゃーん! マオニール公爵閣下に話しかけられちゃったぁ! 感激ぃ!」
「……」
ぶりっこポーズをするアバンダル伯爵令嬢をマオニール公爵閣下は、彼女に向かって、はり付けた笑顔を見せたあと、私には小さく首を縦に振ってくれた。
ありがとうございます。
この御恩は何かの時に返します!
と、心の中で思ってから、その場から離れて、急いで主催者の男性を探そうとした時だった。
「おい、クレア!」
知っている声が聞こえて、私は思わず足を止めた。
決して振り返ったりはしないけれど。
「クレア、俺だ」
無視していると、イーサンが話しかけてくる。
「…クレア、君の名前を呼んでいる、あの男はムートー子爵なんじゃ…」
「イーサン、あの男は私にとって、長年、ボコボコにしてほしい、してやりたい、不動のランキング1位の厄介な男なのよ。もう視界に入れたくないの」
「わかった! クレアの為にまたボコボコにしてくるよ。あ、人が多すぎるな。ちょっと外に連れて行ってくる」
「なんで、そんな忠犬みたいに私の言う事を正直に聞こうとするのよ! イーサン、今私が必要なのは」
「アイツをボコボコにする!」
「…あなたねぇ」
年下だし、素直だし、可愛いところもある。
だけど、私にしてみれば、誰かに騙されそうで心配だわ!
全然、知らない女性から「私、クレアよ!」と言われたら、私が隣にいても信じそうで怖い。
「クレア! 綺麗になったじゃないか、見違えたよ」
ムートー子爵につかまってしまい、何も言わずにいると、じろじろと私の顔を覗き込んできながらニヤニヤして続ける。
「俺に捨てられて、本気を出したのか? いいんじゃないか? その顔なら戻ってきてもいいぞ? いや、戻ってこい。お前がいなくなって、事業がうまくいかなくなってきてな。俺の隣にいさせてやるし、飯だって食わせてやってもいい。俺の為に働け」
「はあ? あんた何をふざけた事ぬかし」
続きの言葉を紡げなかったのは、先程まで目の前にいたムートー子爵が消え去ったからだ。
「え?」
「ムートー子爵。君にはボコボコのお時間が待ってる。リアム! クレアを頼む!」
ムートー子爵の首根っこをいつの間にかつかんでいたイーサンが彼を引きずりながら、アバンダル伯爵令嬢を振り切って、私の横に来ていた、マオニール公爵閣下に声を掛け、会場の外に出ていってしまった。
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