第7話  ぶん殴るわよ

「紹介するよ、兄の繋がりで仲良くなった彼は、俺の大事な友人の1人、マオニール公爵だ。リアムと呼んだらいい」

「あのね、人にどう呼んでもらうかは、あなたが決める事じゃないの」


 イーサンを注意してから、私はイーサンに紹介してもらった彼に向き直り、カーテシーをする。


「はじめまして、マオニール公爵閣下。クレア・レッドバーンズと申します。閣下にお会いできて光栄です」

「閣下とかそういう堅苦しいのはいいよ。リアム・マオニールだ。よろしくね。レッドバーンズ嬢はイーサンの婚約者で一緒に住んでるって聞いたけど、イーサンが迷惑かけてるんじゃない?」

「そうですね…。いえ、そんな事ないです」


 今日は以前にイーサンから頼まれた夜会に出席していて、主催者であるイーサンの友人へ挨拶を終えたあと、パーティーに招待されていた、他の友人を紹介すると言われて、紹介された相手が、マオニール公爵閣下だった。


 黒髪の短髪に透き通るような白い肌を持つ彼は、社交界では有名な美男子で、初めて見たけれど噂通りで、ルックスが良すぎて直視しにくい。


「クレアはすごく怖いんだよ。だけど、言いたい事を言ってくれるし、勉強にもなるから助かってるんだ」

「そうか。あまり迷惑をかけるなよ?」

「わかってるよ。だけど、女性の心というのは難しいよな? クレアは、女性が喜ぶという本に書いてある行動をやっても全然喜ばないんだ。もしかして、普通の女性じゃないのかな?」

「は?」


 聞き返したのは私だ。

 なのに、その声が聞こえていなかったのか、イーサンはマオニール公爵閣下に言う。


「考えてみたら、リアム、すごいよな! クレアって普通の女性じゃないんだよ!」

「ぶん殴るわよ」

「ほら、リアム! すごいだろ! クレアは何もしてないのに、俺の事をぶん殴ろうとするんだぞ!」

「いや、そんないい笑顔で言うセリフじゃないだろ」


 マオニール公爵閣下が呆れた顔で、はしゃいでいるイーサンにツッコんだ。

 

 イーサンの友人だから、変わった人だったらどうしようかと思ったけど、まともそうで良かった。


「苦労するかもしれないけど、いい奴なんだ。幸せになってほしいから、よろしく頼むよ」

「ぶん殴りますけどね」

「いいんじゃないかな、本人は喜んでるし」


 マオニール公爵閣下と私が話をしていると、イーサンはにこにこ笑顔で私達を見て言う。


「2人が仲良くなってくれて嬉しいよ。友人と婚約者が仲良いっていいことだよな。ぜひ、俺もリアムの奥さんとも仲良くなりたいし、クレアはリアムの奥さんと仲良くなってほしいなぁ」

「そうだね。あ、レッドバーンズ嬢。ぜひ、こんど僕の妻の話し相手になってくれないかな? あと、なんだろう、イーサンには彼女を会わせたくないかな」

「どうしてだよ!?」

「僕の妻が良い子だからだよ」

「独り占めしたいのか? リアムのものなのに?」


 きょとんとした顔で言うイーサンの腕をつかんで、私に意識を向けさせてから言う。


「たとえば、私とマオニール公爵閣下がイーサンを無視して、ずっと仲良くしてたら、どう思うの。寂しくない?」

「……なんか、嫌かもしれない。クレアは俺には全然笑ってくれないのに、リアムにはさっきは笑ってたし…」


 真剣に目を閉じて考えたイーサンは、しゅんとした顔で私に答える。


「元々、私が笑わないのはイーサンもわかってる事でしょう! それに初めて会う人に、仏頂面を続けてる方が失礼じゃないの。というか、あなたは人との距離感が近すぎるの。あなたがグイグイくる事が嫌だと思っていても、マオニール公爵閣下の奥様は嫌と言えない性格かもしれないじゃない」

「そうか。そうだよな。本に書いてあった気がする。謝ろう」

「誰に謝るつもりよ」

「まだ、何もしてないから謝る必要ないよ」


 私とマオニール公爵閣下が同時にツッコんだ。時だった。


「そこにいるのって、ブサイク令嬢じゃなぁい?」


 どこかで聞いた事のあるような気がして振り返る。

 すると、そこには…。

 

 なんだっけ?

 あれ、あれ、あの人、うだつの上がらない子爵の結婚相手の女性。

 あーー、なんだったっけ。

 あれ!


 名前が思い出せない。

 でも、まあ、いいわ。

 なんとか乗り切ろう。


 そんな事を考えている内に、スリットの入ったピンク色のイブニングドレスを着た女は、笑顔で私に近付いてきたのだった。

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