第6話  骨は大事よ

 それから、約3週間後。

 私は辺境伯の家での生活にも慣れて、私は居候の身でありながらも、彼に好き放題言えるようになっていた。

 ちなみに、ジュード辺境伯やイライジャ様からも反対されるどころか、イーサンの人となりを知っても、婚約者になってくれるなんて、と、感謝されてしまった。

 

 まあ、彼が変わっている事はわかっていたけれど、ここまでとは思ってもいなかったから、居候を決めてしまったんだけど…。


 現在、私とイーサンは屋敷のエントランスホールにいるのだけど、彼がエントランスホールに姿を現すと犬や猫に挨拶されまくり、しばらくは私と会話も出来なかった。

 動物達が落ち着くのを待ってから、戦地から帰ってきた彼におかえりなさいより先に、私は怒りの言葉が出てしまう。

 なぜなら、彼の周りに知らない犬や猫が混じっていたからだ。


「イーサン! どうしてそんなに捨て猫や捨て犬を拾って来るのよ!」

「捨て猫や捨て犬じゃない! 戦争で飼い主を失った子達だ!」

「……」


 そう言われると、強く言えなくなってしまう。

 一時、戦火が広がり、住宅地まで攻め込まれていて、着の身着のままで逃げる人が多かった。

 イーサンが奪い返した領地の家に残されていた、犬や猫を保護して連れ帰ってくるせいで、かなり増えた。

 ジュード家に動物が多いのはそのせいだった。

 いや、犬や猫だけじゃなく、彼の人柄が動物に伝わるのか、野良になってしまった鶏やら牛やら馬やら、他の動物も連れて帰ってくるもんだから、ここ最近、家畜小屋を増築したらしい。

 イーサンが言うには、自分が飼い主だという人間が現れたら、動物達が嫌がらなければという条件で渡してあげるつもりらしい。


「いいじゃないか。最初は君に懐かなかった動物も、君がボスだとわかって、今ではおとなしいだろ?」

「そりゃあ、そうでしょうね」


 私は犬、猫のご飯係なので、私に可愛がられた方が得だと、動物達もわかってきているのか、触らせようとしなかった子も、最近では私にまとわりついてくる様になった。


「留守中に何も変わりはなかったか?」

「そうね。あなたの元婚約者から、あなた宛に手紙は送られてきていたけど」

「なんて?」

「あなた宛だし読んでないわ」

「まあ、読む必要もないだろうな」


 イーサンは大きく息を吐いてから、なぜか私を凝視するので、首を傾げて聞く。


「どうしたの?」

「ここは抱擁すべきなのか?」

「抱擁はしなくて結構よ。改めて、おかえりなさい。私に会えて嬉しいの?」

「ただいま。すごく嬉しい」


 深い意味がないとはわかっているけど、迷うことなく頷かれると照れてしまう。


 こういう事に免疫がないものだから、しょうがない。


「でも、抱擁はお断りするわ」

「……なんでだ?」

「骨は大事よ」

「それはそうだな。骨折したら安静にしたらいい」

「は? 内臓にささったら大変よ! というか、どうして近づいてくるの?」


 なぜか、イーサンがじりじりと近寄ってくるので、私が後退りしながら聞くと、彼はきっぱりと答える。


「抱擁を」

「だから、断るって言ってんでしょうが!」

「健全でお互いに大事に思い合ってる婚約者同士なら、抱擁しないといけないと聞いたんだ!」


 大真面目な顔をして言うと、手を広げてくる。


 誰よ、このピュアな子にそんな事を教えたのは!


「今なら、誰も見ていない!」

「犬や猫に見られてんでしょう! 何より、風呂に入って! どうせ、何日も風呂に入れてないんでしょ!?」

「早く帰ったら喜んでくれると思って、ほとんど寝ずに、馬を乗り継いで帰ってきたのに…」


 しゅんと、イーサンは大きな肩を落とし、とぼとぼと自分の部屋の方に向かっていく。

 

 私は大きくため息を吐いてから、そんな彼の背中に向かって声を掛ける。


「イーサン。綺麗になったらいらっしゃい。抱きしめてあげるから」

「本当か!? 力いっぱい!?」

「なんで、力いっぱいなのよ…。でも、まあ、いいわ。力いっぱい抱きしめてあげるから、そのかわり、あなたは絶対に抱きしめ返さないでね?」


 腰に手を当てて呆れながら言うと、なぜか、イーサンは笑みを消して、一瞬、しょんぼりしたけれど、すぐに明るい笑顔に戻ってから頷いて、自分の部屋の方へ走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る