第5話  着ていく服はないですが

 イーサンはムートー子爵家には、自分のお付きの人などは連れずに、一人で来ていたため、早馬で来ていたらしいけれど、私を連れて帰る事になったので、馬車を手配してくれた。

 そして、2日後に私は無事にジュード家にたどり着き、ジュード辺境伯夫人と、イーサンの兄であるイライジャ様の奥様のアビゲイル様にご挨拶した。

 2人共、私がやって来た事に驚きはしたけれど、イーサンの事だから無理矢理連れてきたんだろうと、逆に私に謝ってくれた上に、私の身の上を話すと気の毒がってくれて、ジュード家に居候する事をすんなりと認めてくれた。

 ジュード辺境伯の許可は必要ないのかと尋ねたら、駄目だと言われても多数決に持ち込むと言ってくれた。

 ジュード辺境伯、夫人、イライジャ様、その奥様、イーサンの5人で多数決を行い、少なくとも3人が賛成するから認められるという事だ。


 イーサン曰く、2人共、奥様には勝てないという事なので、安心して居候生活を始める事になったのだけど、条件があった。

 その条件というのは、イーサンの新しい婚約者という扱いで、この家に住む事だった。


 私も婚約者はいなくなったわけだし、ただ、居候させてもらうのもなんだから、それに関しては、もちろん承諾した。

 何より、私がただ居候するだけでは、イーサン含むジュード家の世間体にも良くないからだ。


 それから、婚約者に裏切られた2人が心を通わせたという話を、アビゲイル様が社交界に流してくれる事になった。

 これをする事により、辺境伯達が帰ってきても、私を受け入れる事に反対しにくくさせるという思惑もあるらしい。

 心を通わせたかは別として、私達の元婚約者2人がちょうどくっついたものだから、嘘をついているわけではないし、私はそれで良いと思っている。

 何より、イーサンはイライジャ様が辺境伯を継いだ際は、伯爵の爵位を譲り受けるそうで、私はこのままいくと子爵夫人ではなく、伯爵夫人になれそうなので、それも私に悪い話ではなかった。


 私がジュード家に来てから、3日目の朝。

 5日後には、また戦地に戻るというイーサンと、のんびり、お茶をしながら話をする事になった。

 

 ジュード家は、やたらと屋敷内に犬や猫が多く、動物好きだから居候生活に問題はなかったけれど、動物が嫌いな人間は絶対に嫁げない家だと思った。

 今も私達が座る椅子の周りには犬や猫が寝そべっている。


「そういえば、イーサンはどうして婚約破棄になったんですか?」

「ん? ああ、彼女に抱擁を求められて、結婚前だから駄目だと断ったら、へたれだ、なんだと罵られて、次の日には婚約解消のお願いがきた」

「婚約解消する程の話ではないとは思いますけど、イーサンは、どうして抱擁を断ったんですか?」

「頼まれたのが大勢の人の前だったんだ。何の理由もないのに抱擁なんてする必要ないだろう? しかも、そんなに彼女と話をした事もないのに」

「まあ、私も人前では嫌だという気持ちはわかります。久しぶりの再会とかならまだしも」

「あと、力加減もわからないじゃないか? 骨が折れたりしたら…」

「どれだけ強く抱きしめるつもりですか…」


 この人は、やるとなったら、なんでも全力で頑張る人なので、偉いとは思うけど、ほどほども必要であると教えてあげなければいけない…。


 もし、喜び勇んで抱きしめられようなら、私の骨がやばい。

 彼はびっくりするくらい力が強いのだ。


 あと、別に人前での抱擁が悪いことではないだろうけれど、それをしたいかしたくないかは、本人の自由にさせてほしいだろうし、元婚約者とイーサンの考えの違いに関しては、私はイーサンの肩を持とうと思う。


 いや、イーサンに言って、レーナとかいう女の骨をへし折らせた方が良かった?


「そういえばクレア。友人の夜会に招待されてるんだ。悪いけど、今度、一緒に行ってもらえないだろうか」

「かまいませんよ。着ていくドレスはないですが」

「着ていくドレスがないのに、なんで行くと即答したんだ?」

「今、着ている服で行きます」


 私が現在、着ている服は茶色の薄汚れた膝下丈のワンピースだ。


「……ドレスを用意する」

「ありがとうございます」


 何か私を可哀想なものを見る目でイーサンが言うので、私は深々と頭を下げて礼を言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る