第3話 ボコボコにしたい
「……」
謎の男性は黙ったまま私を見ている。
「この屋敷に居候させてもらってたんですが、追い出されまして、今は何の関係もありません」
沈黙に耐えきれなくなった私が口を開き、きっぱりと伝えてから、軽く頭を下げて、彼の横を通り過ぎようとすると引き止められる。
「詳しい事はよくわからないが、行くあてはあるのか?」
「ないです」
「どうするつもりだ?」
「しばらくは元婚約者と、その恋人をいつかボコボコにしてやるという思いを糧に生きていこうと思ってます」
「いや、生きていくのは当たり前だが、住む場所だ」
「ないです。心の赴くままです」
とっとと、屋敷から遠ざかりたいから、もう一度、頭を下げて立ち去ろうとすると、また引き止められる。
「待て。うちに来るか? 部屋ならあまってる」
「知らない人についていっちゃ駄目って、パパとママに言われてるので」
「パパとママ?」
「知りませんか? 父と母の事です」
「君は物知りなんだな!」
「いえ。最近、下級貴族の間で流行っている呼び方なだけですので…」
「そうなのか」
謎の男性はぱあっと花開く様な爽やかな笑みを浮かべたあと、私に自己紹介してくる。
「俺の名前はイーサン・ジュードだ」
「ジュード…」
聞いた事があるような…。
「ジュード家の次男だ」
彼はニコニコと、人懐っこい笑みを浮かべて、剣の鞘に刻まれている紋章を見せてくれた。
それを見て思い出した!
ジュード辺境伯だわ…。
たしか、ジュード家って、今、隣国との戦争の指揮をとってる家じゃない?
何にしても、目の前に立ってる癒し系の彼は辺境伯の令息なのよね…。
「……無礼な態度をとってしまい、申し訳ございませんでした」
「いや、別に気にしてないが…」
「……?」
しばらく見つめあった後、私が首を傾げると、笑顔のまま、ジュード家の令息は聞いてくる。
「君の名前は?」
「失礼しました。クレア・レッドバーンズと申します」
リュックを背負ったまま、深々と頭を下げると、ジュード家の令息はしつこく質問してくる。
「俺は16歳だが、君は?」
「17歳ですが…」
「年上だったのか…。これは失礼しました」
ジュード家の令息は慌てて、私に頭を下げてきた。
辺境伯の令息なんだから、もっと偉そうにしてもいいはずなのに、何だか調子が狂ってしまう。
「あの、気にしていませんから、ここで失礼しても?」
「え? 一緒に来なくていいのか? 行くところがないんだろう? 名前も年もわかったし、知らない人ではなくなっただろ?」
もしかして、私を家に呼ぶ為に自己紹介してくれてたの?
良い人なのかもしれないけど…。
「というか、あなたはこんな所で何をしてるんです?」
考えてみたら、朝早くから、辺境伯の次男がどうして、こんな田舎の子爵家の家の前にいるのか謎だ。
ジュード辺境伯令息は笑顔で答えてくれる。
「元婚約者に呼び出されたんだ」
「はあ?」
「何かよくわからないが、一大事だからすぐに来てくれと」
「いや、すぐに来れるような距離じゃないでしょう!?」
「だ、だが、女性の頼みは断るなと、父から言われていて」
焦るジュード辺境伯令息に、私は小さく息を吐いてから言う。
「あなたを呼び出したのはレーナとかいう名前ですか?」
「そうだが…」
「彼女はムートー子爵と楽しんでいらっしゃった様ですが?」
「じゃあ、なんで呼び出したんだ?」
「知りませんよ」
私が首を横に振ったと同時に、ジュード家辺境伯令息、は私の腕を引っ張り、なぜか、私を彼の後ろにまわらせた。
その後すぐに、ドスン、という鈍い音が聞こえて、音のした方を見ると、さっきまで私のいた所に、大きな石が落ちていた。
「早く出ていけと言っただろ!」
石はムートー子爵が投げたらしい。
上半身は裸、下はハーフパンツという格好で怒りちらしてくる。
「朝から嫌な気分だ! このブサイク女が!」
言い返そうとすると、ジュード辺境伯令息が話しかけてくる。
「レッドバーンズ嬢」
「…なんでしょう?」
「君をブサイクだと言うなんて、彼は目が悪いのか? それとも、君が言っていた様に、ボコボコにしないといけない相手なのか?」
「ボコボコでお願いしたいですね」
迷うことなく、正直な気持ちを口に出した。
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