第2話  どちら様?

「ちょっと、こっわ~い! ガレッド、助けてよ~!」

「おい! クレア、俺の可愛いレーナになんて口をきくんだ! 謝れ!」

「は? 人が眠ってるのを叩き起こして、しかも、人の部屋を荒らすバカが連れてきた女に、あーだこーだ言われる筋合いはないし、あんたに文句を言われる筋合いもないのよ!」


 怒りに任せて2人に叫ぶと、レーナと呼ばれた大きく胸の開いたドレスを着た女は、うわ~ん、と泣きながら、ムートー子爵の胸の中に飛び込んだ。


「ガレッド! 何なの、この野蛮な人! 酷くない?」

「レーナ、泣かないでくれ。うちの居候がすまない」

「うるさいわね、この常識知らずのバカ共が!」


 私が言い返すと、レーナは、もっと大声でわんわん泣き始めた。


 うざい。

 本当にうざい。


 使用人達も騒ぎに気付き、様子を見に来てくれて、私の部屋の惨状を見て驚いている。


「おい、ちょうど良かった! みんな、聞いてくれ! 俺はクレア・レッドバーンズとの婚約を破棄し、ここにいる、レーナ・アイナスと結婚する!」


 ムートー子爵は、突然、使用人達に向かって宣言した。


 婚約じゃなくて結婚するの?

 まあ、どっちでもいいけど、となると、私は、ここにはいられないって事?


「クレア、さっきも言ったが出ていけ! お前の居場所はこの家にはない!」

「ふざけんじゃないわよ! あんた、私がいなくなったら、誰があんたの代わりに家の管理をするのよ!? 先代の子爵から継いだ事業の事だって、全くわからないくせに!」

「うるさい! お前に出来るものが俺に出来ないわけないだろう! いいから今すぐに出ていけ!」


 枕を投げつけられたので、それを受け止めて抱きしめる。


 出ていくなら、慣れた枕は持っていこう。

 かさばるけど。


「出ていくわ! 出ていく準備をするのに、あんた達は邪魔だから部屋から出て! 朝には出ていってあげるわよ! だから、酔っぱらいは部屋に帰って寝ろ!」


 叫んだけれど、中々出ていかないもんだから、私はムートー子爵の後ろにまわって、彼の尻を何度も蹴って、レーナという女性ごと部屋から追い出した。


 2人はしばらく、私の部屋の前の廊下でぶつくさ言っていたけど、諦めて、ムートー子爵の部屋に向かった様だった。


 行くあてはない。

 実家に戻っても家には入れてもらえないだろうし、どうしたものか。

 あ、今までは私が婚約者だったから、ムートー家から私の家に援助金が出てたけれど、それもなくなるわね。

 まあ、私が実家の事を気にしてあげる必要もないか。

 赤の他人みたいなものだもの。


 何日間か宿に泊まれるくらいのお金は持っているし、住み込みで働けるところでも探そうかな。

 

 よし。

 暗いことは考えない!

 どうしたら、ムートーのクソ野郎をボコボコにしてやるか、落ち着いたら考えないと…って、口が悪いわね。

 気を付けないと。


 大きなリュックに服や着替えなどを詰めて、枕はリュックに巻き付けた。


 さあ、私はこれから新たな門出だけど、その前に。


 ムートー家なんて潰れてしまえ!


 心配して起きてくれていた使用人達と挨拶をかわし、屋敷にさよならを心の中で告げた時だった。


「この屋敷の人間か?」


 門を出たところで、腰に剣を携え、胸当てなどの防具をつけた、一見、騎士のような若い男性に話しかけられた。


 私も女性としては、そう低くはないはずなのだが、彼は私の頭2つ分くらい背が高く、体格もがっしりとしている。

 顔を見てみると、私とそう変わらない年齢だろうか、目は大きくて身体に似合わず、可愛らしい顔立ちをしていた。


「違います」


 首を横に振ると、彼は不思議そうな顔をした。


 まだ朝早いのに、この人はなんでこんな所にいるのかしら?


 というか、どちら様?

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