終章. 邪神 ヤマダサブロウの敗北
邪神 ヤマダサブロウの目覚め
気がつくと、僕は病室にいた。
「やっと気がついたのかい、三郎」
ベッドの側には、三菜子が座っていた。制服姿だ。
「ヒカル……」
腕を枕代わりにして、ヒカルが僕の足下で眠っていた。
「感謝したまえよ。ヒカルはずっと看病してたんだぞ」
そうか、また無理をさせてしまったか。
「タケルは?」
まさか、ヒカルが僕の看病に勤しんでいる間に、また旅立ったのでは。
「南郷院家に戻ったよ」
《死んだ街》の再開発の目処がたったらしい。
ヒカルの力によって、《泡沫の歯車》は純粋な霊磁力となった。その霊磁力を街が取り込んで、再び生気を取り戻した。これで、この街の人々は生活圏を拡大できるだろう。
あれ以来、タケルは南郷院から出ていない。自分のすべきことが世界の救済ではないと、ようやく気づいたようだ。あの男は世界なんぞ見なくても、世界の方からタケルを求めてくるだろう。自分から行く必要はないのだ。
ロクサーヌを伴って、六角も見舞いに来ていた。
「六角、その格好は」
女子の制服を着ながら、六角はスカートを押さえる。顔を見ると、わずかに頬を染めていた。
「あ、あんまり見るなよ」
特にマジマジ見ようとしていなかったのだが、僕は、六角の姿に釘付けになる。ちょっと見ないうちに大きくなった従姉妹を見ているような気分だ。
「そ、そんな情のこもった目で見るな!」
らしくない程、六角が色めき立つ。
『アンタがいけないのよ。更生しろなんて、変な約束させるから』
ロクサーヌが抗議してくる。
そうだ。僕はエサ場を提供する代わりに、学校に通うように誓わせた。
「あれも、僕からすれば、生徒会選挙の点数稼ぎのつもりで――」
「いいって。分かってっから」
『祐紀の言う通りよ。ステキじゃない。妾とはいえ、ちゃんと女として自立させようとするなんて』
「バカなことを言うな!」
「祐紀ちゃん、三郎くんが目を覚まさない間、ずっとうなだれていたんだよね」
ヒカルにそう言われ、六角の顔に火がつく。
「ちょ、テメエ! マジ許さねえ! あと祐紀ちゃんって言うな!」
ともあれよかった。六角がちゃんと学校に通っているようで。
「それにしても、驚いたよ。ギックリ腰が再発した程度で、生と死の境をさまようとはね」
……なんだと?
「三菜子、今なんと言った?」
「だからぁ、キミはギックリ腰になったんだって」
「いつからだ?」
「崖から落ちたときに決まってるじゃないか」
あのときの激痛は、ギックリ腰によるものだというのか? 死ぬほど痛かったのに。
「痛みで死にかけたんだぞ。なのに、ただのギックリ腰だと? 三菜子、僕の背中は、お前が霊磁力で治してくれたんだよな?」
「何言ってるのかな? ワタシはただ、ギックリ腰だったキミの背中をさすってあげただけだけど?」
「バカな。僕が眠っていたのは、霊磁力を大量に消耗したからではないのか?」
「ワタシがキミに霊磁力を供給してるのだぞ。無理が祟ったのは事実だけど、神が霊磁力を枯渇させるなんてあり得ないよ」
その事実を知って、ニワトリニーソがブーッと吹き出した。
『ギャハハハハーッ! ギックリ腰やて!』
アイヤネンが、僕の失態を笑う。
「笑っちゃダメだよ、アイちゃん。ギックリ腰って結構大変なんだから。クセになるって、ウチのおじいちゃんも言ってたよ」
『せやけど、命の危険がーっ! って騒いでた奴が、実はギックリ腰とか。アホすぎるやんけ!』
みんなが談笑している間、僕は輪に入っていけなかった。
『どないしてん。辛気くさい顔して』
「戦いが終わったら、見捨てられるって思ってた」
僕は最低な奴だ。大口を叩いておきながら、人を使って。ヒカルに魔法少女を辞めさせると言っておきながら、結局はヒカルの力に世界を委ねた。
「なんでもかんでも口だけでさ。ただの卑怯者だよ、僕は」
僕の手と、ヒカルの手が重なる。
「三郎くんは、悪くないよ」
ヒカルの口から、その言葉は絶対に聞けないと思っていた。
「どこがだ?」
ヒカルはゆっくりと、僕に顔を近づけてきた。
「だって強制じゃないんでしょ? 逃げ道も作っていたんだよね?」
さすがヒカルというべきか。僕の計画はあっさり見抜かれていた。
僕も、彼ら全てを戦力とは考えていた訳ではない。当然、戦わせる以外の選択肢だけを与えた逃げる選択肢もあった。子供だから、恐ろしいと感じるかも知れない。倒せない可能性もあった。もし逃げるなら、逃げ切れるだけの力を与えるつもりで、僕は考えていたんだが。
事実、ほとんどの人は逃げた。当然だろう。いきなり戦う覚悟を問いかけられても困る。こちらも無理強いはできない。
しかし、子ども達や、守る者がある者達は逃げなかった。力を欲し、戦う道を選んだのだ。自分を守ってくれていた人に「もう大丈夫だ」と胸を張るために。
僕だって、問いかけた者達が全員、自身の意思で戦うなんて思っていなかったけど。
「僕は卑怯だ。戦える奴が戦えばいいと言い訳して、無謀な選択を強いた」
『せやけど、それがシェーマの使命や。本当は巻き込みたくないのにな』
自分が戦わないのが、こんなにももどかしいのかと、僕は思い知らされた。
「わたしも最初は、三郎くんを責めそうになった。だけど、三郎くんだって辛かったんだよね?」
何も言い返せない。
「大変だったよね。わたし達に自分の力を分けただけじゃなくて、制御までしてたもん」
「ぐ……」
やはり、バレていたか。僕は苦笑する。
指摘通り、僕は力を与えただけではなかった。
三菜子と作戦を立てる際に、僕はある可能性に気づいたのだ。
よくよく考えたら、僕もシェーマなんだよな、と。でもそれは、人を介してしか発動しない。能力だって、相手の素養や素質に左右されると説明を受けていた。誰しも、強くなれるとは限らない。
今なら分かる。シェーマとは、人を触媒として力を与えているだけじゃないと。ちゃんと、ダメージを自分が肩代わりしていたのだ。一度シェーマの経験をした今なら分かる。
住民はあくまでも一般人だ。ヒカルやタケルのような戦闘経験のあるような者達ならいざ知らず、素人に霊磁力など扱えるわけがない。あの六角ですら、強大すぎる力に飲み込まれかけた。歯車に利用されかけるまでに。
そのため、補助として、ひとりひとりにサポートを行っていたのである。それも、何百人単位をカバーしていた。三菜子の力もあって、どうにか達成できるギリギリの数を。
まして、僕の力は《付与》だ。人に自分の能力を与えることができる。『嵐』の力を。
嵐の力を与え、あたかも自分が倒したように見せる。
それが、僕の作戦だった。
結果は、見ての通りだ。僕の作戦は見事にハマり、天使を撃退するに至った。
それだけではない。天使化したシェーマや世界の住民を復活させ、新たな戦力として迎え入れた。
《泡沫の歯車》は、大量に戦力があると見せかけ、単体でだまし討ちをするようなタイプである。そんな天使には、僕の作戦は効果が抜群だった。
「ヒカルには、嘘はつけないか」
「幼なじみだもん。分かるよ。無理してるのくらい」
歯車との戦闘時、僕が種明かしをした時にヒカルは苦い顔をしていた。今思えば、僕がボロボロだったと知っていたのだろう。ヒカルは、僕を気遣ってくれていた。
『アホ。ワシらにも分かっとったわい』
アイヤネンが呆れた顔をする。知っていたのも当然だ。同じシェーマなのだから。
『そうよね。アレでバレないなんて思われてもね』
ロクサーヌも同意見らしい。
「俺様と魔女は、自分で制御できたけどな」
どうして、彼らシェーマにも気づかれたのか。
「僕は何かミスをしたか?」
『あんた、アタシ達をうまい具合に使ったでしょ。自分が動けないから』
死なないように彼らを導くのは想像以上にキツく、一人あたり三分が限界だった。三菜子の霊磁力供給をもってしてもである。
そんな状態で、泡沫の歯車になど勝負を挑まれても。
僕のからくりを、歯車に気づかれるわけにはいかない。
ヒカルにも黙っていなければいけなかったのは辛かった。結果的に意図を理解してもらえたらしい。だが、最悪ヒカルが暴走する可能性だってあったのだ。
「そこまで分かっていたのか」
『そらそうやで。ワシらを舐めてもらったら困るで』
天使を殲滅するためとはいえ、僕は他人を利用した。小さな子どもさえ。
「ああ、ああ。分かった。お前らには敵わないよ」
『褒めても何も出ぇへんで』
ともあれ、これでようやく、生徒会役員選挙に専念できるな。
僕が前のめりに宣言すると、ヒカル達が苦笑した。
何事だ? 僕は、何か変な事を言ったかな?
「そうだ。生徒会役員選挙は、明日だよな?」
「は? そんなの、とっくに終わったけど?」
三菜子が、信じられない発言をした。
半信半疑で、僕はカレンダーに目を通す。
無情にも、生徒会役員選挙がある日程には、バツがふられている。
そんなバカな。あり得ない。
「三菜子、いったい僕は何日寝ていたんだ?」
「丸三日だよ」
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