最低の作戦
「きゃあっ!」
ヒカルのハンマーが破裂する。力の大半を失った反動だろう。
単なる霊磁力の粒子になった僕は、周囲にたゆたっている。
『どうすればいい? このままだと、消滅してしまうんじゃないのか?』
『気持ちをしっかり持って。自分の肉体をイメージするんだ。骨や神経の隅々まで、細胞に至るまでしっかりイメージするのだよ!』
三菜子のアドバイスに従って、肉体の再構成を行う。とはいえ、かなり無茶な注文だったぞ。
「三郎くん、聞こえる? こっちに来て!」
ヒカルが、何もない虚空に手を差し伸べる。
僕はヒカルの手を辿って、霊磁力を集結させた。手をイメージする。
『ヒカルが霊磁力を分けてくれるようだ。どうにかなりそうだよ』
僕は霊磁力を燃焼させて、自分の肉体を構築していく。段々と、霊磁力が輪郭を帯びてきた。だが、肉体の構築は簡単にはいかない。頭では都合よくうまくいっているのに。
「もう少しだよ、三郎くん!」
ヒカルのエールが、やけに頼もしい。
「くそ、ヒカル!」
僕は、ヒカルに手を差し伸べた。
僕の手を、ヒカルの温かい手が触れる。
途端に、僕の全身が焼けるように熱くなった。一気に肉体の再構築が始まり、僕の身体が再生される。
「はあ、はあ!」
かつてない大量の霊磁力を消費して、僕は元の肉体に戻った。
「でかしたよ、三郎!」
いつの間にか再生していた三菜子が、僕の隣に立つ。
「どうにか、元に戻れたか」
「でも、間一髪だったよ。一歩間違えば、元に戻れないギリギリの所だったよ」
言いながら、三菜子が息を切らせる。
「危うくなったら手伝おうと思っていたんだけど、なんとか自力で再生できたね。おっと一人じゃないか」
ニヤニヤする三菜子がウザい。
「また背が低くなったんじゃないのか?」と、嫌味発言を飛ばす。
「そこまで軽口を叩けるなら、死ぬことはないだろうね」
三菜子の方も、口で返してきた。
「見ろ、死んだ世界が」
タケルの言葉につられて、僕は死んだ土地へ顔を向ける。
球状のブラックホールだった場所が、純粋な霊磁力となった天使を取り込んでいく。ヒカルの力も、僕達の力も全て飲み込んでいった。辺りに漂う高度な霊磁力を吸収した世界が、みるみる縮んでいった。
「死んだ世界が、塞がったぞ!」
「これこそ、神の奇跡だ」
タケルが、シェーマを鞘に収めた。
これで、ヒカルや三菜子が犠牲になる必要はなくなった訳か。
全てが終わった余韻に浸っていると、空に水色の渦が生じる。
「何だ?」
また敵襲かと警戒した。
「そうではない」と、タケルが僕の肩を掴む。「あれは時空の渦だ。各世界は、この渦で繋がっている」
数々の戦士達が、僕達の前にやってきた。彼らは何も語らない。だが、意思は伝わってくる。自分たちの世界に帰るんだなと。この地帯を守ったように、今度は自分達の世界を。
「ありがとう。もし、お前達の世界が危機に瀕したなら、助けに行こう」
ヒーロー達は頷いて、次元の渦の向こうへと消えていく。
「本当に終わったんだな」
『せや。ワシらの勝利や!』
「マニフィカトの反応が弱まっている。これで、当分は攻め込めないだろうね」
『やったわぁ』
三菜子と、ロクサーヌがハイタッチする。
「三郎、キミのおかげだ」
賞賛の言葉を三菜子から浴びせられても、僕の気は晴れない。
「僕は何もしていない。やったのは、お前達だ」
三菜子は、全ての力をヒカルに注ぎ込んでしまった。しばらくすれば回復するだろうが、少なくとも、現在は何の力も残っていない。
僕も同じ状態だ。けれども、僕は人に頼っただけだ。具体的にマニフィカトにはダメージを与えていない。
「でも、ひどいよ三郎くん」
ただ一人、ヒカルだけが納得していなかった。
「最低だよ。最低だよ三郎くん!」
「そうだな。僕は最低だ」
自分の手を汚さず、人任せにして、子供まで巻き込んで。ヒカルに嫌われても仕方ない。
僕は、ヒカルの側から離れるべきなのか。
そう覚悟しようとした瞬間。うなだれる僕は、何かで頭を叩かれた。
「いた、くない」
僕に打ち下ろされたのは、正義の鉄槌ではない。ヒカルの持つピコピコハンマーだった。といっても、ハンマー部分はコップくらいに小さくなっているが。
「三郎くんさあ、わたしに何の相談もしてくれなかったじゃん!」
なおもヒカルは、僕にピコピコハンマーを振り下ろす。頬を膨らませ、ムッとした顔で。
予想外の反応に僕は唖然となる。てっきり罵倒が飛んでくるのかと思ったが。
「わたしは単に『リボンに浄化のパワーを送って』って指示を受けただけで、ロクな説明もしてもらえなくて! こういう事だったらさ、わたしにも作戦内容を伝えるべきだと思うけど!?」
涙目のまま、ヒカルは僕に猛抗議をする。相変わらず、僕の頭にハンマーを振り落とし続けながら。
「なるほどな。てっきり他の女に乗り換えたのかと勘違いしてたのか」
『そのようね』
六角とロクサーヌによる推理で、ようやく僕にもヒカルが起こる原因が掴めた。
「オレ達からハブにされて拗ねてるんだよ」
『ともすれば、浮気も疑っていたかも』
「浮気!? 特定の相手もいないのに、どうしてそんなことができる――って、痛った!?」
一番強く、ハンマーの音が高鳴った。
僕の後ろで、ヒカルがなぜか涙目になっている。
「それは、説明したら情報が漏れてしまうかもしれないから。お前、押しが弱いからバレる危険が高かったんだよ」
「そんなの理由にならないよ!」
「はいっ!」
僕の言い訳など聞く耳を持たず、ヒカルは更にヒートアップした。
「わたしをもっと、信用してくれてもよかったんじゃないかな!?」
ヒカルにだけ話さなかったのは、一番反対しそうな気がしたからだ。拒否されたら作戦自体の見直しが必要になる。よって、ヒカルなしで作戦を進めていた。
「作戦自体に文句はなかったのか?」
「意見はしたと思うよ。人命第一だって。でも、わたしは三郎くんを信じてるもん」
ハッキリした口調で、こそばゆいことを平然と僕へ放つ。
僕は、背中がむず痒くなった。
「失敗の可能性だってあった」
「それでも、三郎くんの作戦じゃなかったら、全滅していたと思うよ」
ヒカルに言われると、余計に胸が苦しくなる。まるで、軽蔑されているみたいに。
信じていた、か。それを聞けただけでも、僕は肩の荷が下りた。
「だから」
僕の耳に、ヒカルが口が触れる。
「もう、無理しなくていいからね」
含みのある一言を、ヒカルは僕の耳元にささやきかけた。
その言葉だけで、僕は少し救われた気がする。
僕の意識が暗転する。
やはり、ヒカルに隠し事はできないな、と思いながら。
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