機械天使 消滅

「その通り。オレ様は、ネクストブレイブの指示通りに動いていただけだ」

 パーカーのポケットに手を突っ込みながら、六角が回し蹴りを食らわせる。

 雌のニオイにつられたのか、破廉恥な顔をした天使達が、六角に殺到した。

 六角は円を描くように、マニフィカトの群れに回し蹴りを食らわせる。

 フィギュアシューズの刃によって、マニフィカトの首が刎ね飛ぶ。しかし、ピンク色の光に包まれ、異形の天使は人間の形を取り始める。

 天使化から蘇生された人間は、何が起こったか分からない様子だ。しかし、やるべき事は分かっているらしい。拳を固め、目の前の天使に鉄拳を喰らわせる。

「オレ様は南郷院ヒカルの力を借りて、テメエらに天使化された奴らを元に戻してたんだよ」

『ヒカルちゃんは、アタシにとって命の恩人だから、ね❤』

 六角が、パーカーのポケットに突っ込んでいた手を出す。手には、僕が与えたリボンが握られている。

「そっか、あのリボン」

 ヒカルが事情を察した。

 六角の説明通り、僕はヒカルに、制服のリボンに力を注ぎ込むように頼んでいた。そのリボンを、六角に結びつけ、六角の攻撃に《浄化》の力を付与したのである。

 人間が元に戻るなら、世界を滅ぼされた戦士も元に戻るのでは、と考えたのだ。

 実際、天使化した戦士は元の姿に戻った。幸運だったのは、天使化していた人々のほとんどが、戦闘に長けた者達だったことだ。

 僕は確信する。戦士の頭数さえいれば、歯車は倒せると。

 僕は六角に単独行動させ、天使を浄化しては、浄化された戦士にリボンを提供するという地道な作業を繰り返した。

 こうして、戦士達はネズミ算式に増えていく。

 彼らを統率するのは、三菜子だ。三菜子は指示があるまで本丸には攻め込まないよう、彼らに告げた。作戦がバレないように。

「この世界は間違ってるじゃん。人間なんて、環境を破壊するだけの矮小な存在じゃんか。知的生命体なんて、マニフィカト以外は完璧じゃねーじゃんよ。どうして滅ぼそうとしない? かつてのように、この世界を支配するため? 以前いた世界のように、もてはやされる為?」

「下らん。そんなしょうもない理由のために、僕が動くわけないだろ!」

 僕は鼻で笑う。

「この地が壊滅したら、僕は生徒会役員選挙で、南郷院ヒカルに勝てないじゃないか!」

 あんぐりと口を開け、泡沫の歯車は呆然としている。

 歯車だけではない。ヒカルも六角も、彼らのシェーマ達も、同じような表情をしていた。

「そんな事のために、貴様は全部に等しい自分の力を、この街中にバラ撒いたと?」

 重要なことだ。南郷院ヒカルに勝つ。それだけが、僕のすべてなのだから。

「さっき言ったろ? 世界は守るべきものや場所がある者が守ればいいって。僕は、その手助けをしてあげたまでさ。奴らが街を救う。そうなれば、僕がヒカルに勝てる場ができあがる。Win-Winの関係だ」

 脱力しきった様子で、泡沫の歯車は首をかしげる。

「自分で何とかしようとは思わなかったのか?」

「マニフィカトは数が多い。ひとりで頑張ったってしょうがないだろ?」

 だから、僕は力を貸した。頭数を増やせば、一人に掛かる負担は多少なりとも軽くなる。

「愚かだね。南郷院ヒカルが犠牲になれば、世界は完璧に救われたというのに」

 歯車の言うとおり、世界は完璧に救われるだろう。これ以上ないくらいに。

 ただし、それは根本的な敗北を意味する。

 僕に言わせれば、南郷院ヒカルが消滅した時点で負けなのだ。

「でもな、世界を救うために、ヒカルが犠牲になる必要はない!」

南郷院ヒカルは、世界の希望であり、僕にとっても重要な存在だ。

 僕はヒカルを失いたくない。ヒカルのいない世界なんて、きっと張り合いのない、生きがいのない、光も、夢も希望もまるでない世界だ。そんな世界なんて、想像もしたくない。

「もしも、世界がヒカルの犠牲なしでしか救えないというなら、世界の方がヒカルの犠牲になればいい」

「んだと?」

 泡沫の歯車が、顔を歪める。

「ヒカルは渡さん! 誰の思い通りにもさせん! 何人にも、世界にさえ、ヒカルの未来は決められない!」

 僕は、高らかと宣言した。この地球を救ってみせると、天使を滅ぼしてみせると。

 こんな天使ごときに、ヒカルをくれてやる義理はない。誰の目にも触れられず、勝手に絶滅していろ。ヒカルを犠牲になんかしなくたって、世界くらいは僕が救ってやる。

 聞き惚れているのか、みんなが僕を静観する。

「相変わらずアホだな、このむっつり眼鏡は」

『こいつは自分が何を言うたんか、まるで分かってへんのやろうなぁ』

『自分の気持ちに無自覚なのよね』

 シェーマ達がザワつく。あまりいい意見ではなさそうだ。

「僕はヒカルが失われない道を選択する。永遠の戦闘になるかも知れない。だが、必ず終わらせる。そのためなら、僕は世界中を巻き込んでやる!」

 ヒカルは頭から湯気を出し、倒れそうになった。六角とタケルが共同で気絶しそうなヒカルを押さえている。

「しかし、人類の劣勢は止められんさ。キミらの行いは結局無駄なんだよ!」

 天使の残党が、泡沫の歯車に殺到した。

 歯車の身体が膨張し、世界を覆い尽くすほどの巨大な異形へと変貌を遂げる。これが、こいつの本性なのだろう。

 そうだよ。僕はこれを待っていたんだ。

「そうは思わないな。貴様は敗れるさ」

「虚勢はよせ。貴様は力を使い果たした。本気を出した泡沫の歯車に勝てるなど」

 巨大化した歯車から、不敵な笑みが浮かぶ。

 周囲に、泡沫の歯車以外のマニフィカトはいない。だったら、シェーマを動かす必要もない。僕は、この地帯にちりばめていたシェーマを全て集結させた。放出した力が、僕の元に戻る。

「キミも全力ってわけか。いいだろう、相手になってやるよ」

「誰が、僕が戦うって言った?」

「何だと?」と、歯車が不愉快そうに声を発する。

 僕の隣に立つのは、世界の為に犠牲になろうとした魔法少女だ。

 僕は、ヒカルの手を取る。

 ヒカルの左隣には、三菜子が立っていた。三菜子も、ヒカルと手を繋ぐ。

「この付近一帯にいるシェーマ達よ、役目は終わった。戻ってこい!」

 僕は、全てのシェーマを呼び戻す。

 指示を受けて集まってきたシェーマ達が、霊磁力の結晶となって、僕の身体に集まっていく。

 あまりに強大すぎて、身体から霊磁力が噴き出てきそうだ。僕は限界を感じて、三菜子に霊磁力を注ぎ込む。

「三菜子、やるぞ」

「いつでもオッケーだよ」

 全ての霊磁力を開放して、僕は身体を粒子化させる。

 三菜子も、同じように光の粒子と変化した。

「ヒカル、今から僕達の全てをお前に《付与》する。とどめを刺せ」

 単なる霊磁力となった僕達は、ヒカルのハンマーと同化する。

『なんっ……ちゅう霊磁力の量や。こないな量を制御するとか、発狂するレベルやぞ』

『だからいいんだ。これくらいやらないと、意味がない。行け、ヒカル!』

 ヒカルは、ステッキ型ソードレイを黒雲に向けて掲げた。

 キイイン、という発動音が、ステッキから放たれる。

 僕はヒカルに、自分の力を付与し続けた。かつて世界を滅ぼした、邪神の力を。

 ステッキが変質し、ハンマーへと変形する。ハンマーは更に大きさを増していく。

 都市を覆い尽くす程に巨大になった泡沫の歯車が、可愛く見えるほど。

「おいおい、待てよ、これヤバいって!」

 あれだけ威張り散らしていた泡沫の歯車が、震えながら後ずさりを始めた。

「マジかよ、浄化なんてイヤだ! 浄化なんてされたら!」

「安心しろ。第二の人生が待っているぞ」

 天使が天使としての尊厳を失われる。

 僕にとって、これ以上の愉悦はない。

 天使にとって最大の屈辱は、アイデンティティを奪われることだからだ。

 もはやハンマーは、星をも覆い尽くす程の大きさとなった。もはや地球の大きさすら超える。

 巨大なアンモナイトの甲殻へと、ハンマーが変貌する。星さえ覆い尽くすほどの。

『これが、三菜子の本当の姿か』

『ハンマーと融合しているけどね』

『フルパワーで見舞ってやるんだ。お前の優しさは、天使の傷になる』

 トラウマ級の優しさを、無慈悲な天使にぶつけてやる。人としての暖かさを、希望を。

「コスモ・デピュレーション、シュート!」

 ピコピコハンマーに集めた霊磁力を、泡沫の歯車にめがけて撃ち込む。

 ハンマーに描かれたハートが、歯車を押しつぶそうと降下した。

 素手で受け止めようと、ガラクタ天使は両手でハンマーを押す。

 黒い手甲は、帚星と化したハンマーに触れた途端、弾け飛んだ。

 巨大な異形から、情けない悲鳴が溢れた。絶望で塗り固められた鎧が、ヒカルの放つ熱に当てられて焦げ臭さを放つ。漆黒に染まった金属の生命体が、溶けて焼けただれていく。

 特大の霊磁力を受け止める術など、天使の首魁は持ち合わせていなかった。

 ヒカルの怒りを凝縮したハンマーは、プレス機のように天使を押し潰す。

 希望が霊磁力の塊となって星となり、絶望を容赦なく粉砕した。

 マニフィカトという仮初めの命が、今度こそ終わりを告げる。

 それでも尚、ハンマーは地面ごと押さえつけ、アスファルトにめり込んだ。

 猛威を振るったマニフィカトの幹部は、一瞬で跡形もなくなった。

 跡地にはクレーターができ、ヒカルの怒りと悲しみがどれほどのものか、周囲の者に刻みつける。

 ヒカルのハンマーが、ドラム缶サイズに戻っていただが、僕達はまだ霊磁力の塊としてハンマーと同化しているままだ。

『消滅した?』

『いや。こいつは純然たる天使だ。浄化などされない。純粋な霊磁力の塊となって、この世界を永遠に漂い続けるのだよ』

 マニフィカトにはふさわしい最期だ。

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