奇策

「お前、ザコ掃除を街の連中にやらせてるってのか?」

「いかにも」

 彼らからすれば、マニフィカトは雑魚ではない。不倶戴天の敵だ。僕は単に、そいつらを撃滅する力を分け与えただけ。

 世界は、救いたいと真に願う奴が救えばいい。僕は彼らに力を与えるのみ。

 それが僕の、《邪神 ネクストブレイブ》の勤めた。

「どんな理屈で」

「お前がやったのを真似たのさ」

「ボクの……そうか、端末か!」

 その通りだ。「力が欲しくないか?」と、僕は住人達に呼びかけた。ヒカルが施設じゅうに配った通信用端末を媒介にして。男子も女子も、老いも若きも関係ない。各々、シェーマを従え、マニフィカトに対抗していた。戦闘が終わったら、力は返してもらうけど。今は思う存分力を貸してやる。僕自身が彼らのシェーマになることで。

「あんな小さい子供も、戦いに巻き込んだの? 力を分散までして」

 悲痛な面持ちで、ヒカルが僕を問い詰める。

「そうさ。介入したがっていたからな」

「そんな。危ないよ」

 確かに賭けだった。ヒカルが恐れているのも、無理はない。

 しかし、こういうのは、自分でケリを付けなきゃいけないんだ。

「人の助けを借りても、本当の自由を獲得したことにはならない」

 残酷な言い方かも知れない。が、他人は手を貸すことはできても、介入まではできないし、してはいけないんだ。

「それにな、泡沫の歯車。貴様は一個体を細分化して分散させただけだ」

「へえ。ちょっと戦っただけでそこまで分析するなんて」

 力を見破られたのに、泡沫の歯車は特に驚く様子は見えない。

「気づいたのは、僕の友達に憑依したときだ。鴻上に乗り移ったマニフィカトは、ヒカルの殴打一発で撃退できた。いくら浄化の力を所持しているとはいえ、非力なヒカルの一撃で退散するような相手に、タケル達が後れを取るとは思えない」

 もしかすると、同じような力を持った奴がいるのではないかと。そいつは身体を分散させているのではないか。分散した一個体はもしかすると弱いかも知れないのでは。

 おそらく、コイツの力は《憑依》だろう。自分の身体を細かく切り分けて、相手の精神に憑依させる。質ではなく、数で責めるタイプだと、僕は推理したのだ。

 事実、この地帯のマニフィカトは、個体的には大したことがないと確信する。

 子どもも巻き込んだマニフィカト撃退作戦を思いついたのも、マニフィカト集団の個体的弱さが判明したからだ。あれなら、小さな子どもですら対処できる。自分の身を自分で守れると。

「ヒカル。お前は彼らを危険な目に遭わせたくなくて、この世界の為に死のうとした。しかし、その手段ですらマニフィカトの作戦だったとしたら?」

 ヒカルは戦慄したような顔をする。

 それくらいのことを、彼らマニフィカトはやってのけるのだ。かつて、ネクストブレイブを滅ぼそうとしたように。

 南郷院ヒカルのおかげで、死んだ正義に新たな灯が点った。消えかけた希望の息吹が、再び呼び覚まされたのである。

「ヒカルを犠牲にする手もあっただろう。とはいえ、ヒカルだけが死んだとしても、マニフィカトが消滅する保証はなかった」

 だったら、戦うしかない。彼らにはその覚悟がある。マニフィカトには、世界を汚したツケを払わせるべきだ。

 事実、幼い少年少女達は、腕や蹴りをふるい、弱小天使などには対等に戦えている。

「大正解さ。だからって、この状況をどう切り崩すって?」

 泡沫の歯車が有利なのは揺るがない。

 実際、僕達の軍勢が押されがちになっていく。こちらの戦力に反し、相手が大軍過ぎる。数が圧倒的に違うのだ。彼らは的確に弱きところに攻め込み、不利だった状況を打開していった。

 明らかに疲弊し、僕達は戦力が減少している。

「そうだな。このままでは、僕達に勝ち目はなさそうだ」

「だろ?」

「だからプロのシェーマ使いにも、ご足労願った」

「はあ~ぁ?」と、泡沫の歯車は辺りを見回して、プッと吹き出す。僕の言い方が気に障ったのか、露骨に顔を歪める。

「どこに、この状況を覆すファクターがあるってんだよ? ボクの計画は完璧じゃん? おとなしく蹂躙され……なあ!?」

 饒舌に語る歯車の口が止まった。口をポカンと開けて、あり得ない状況に舌を巻いている。


 一面の銀色だった空が、「外側から」切り崩されたのだ。


 この一帯に攻め込んできたのは、シェーマだけじゃない。

 現れたのは、巨大な鋼鉄の腕。機械仕掛けの腕が、銀色の天使を握りつぶす。

 空間の裂け目から、続々と武装した集団が押し寄せてきた。

 重火器で武装した軍隊が、火炎放射器で天使の羽根を火あぶりにする。落ちてきたマニフィカトを、さらに自動小銃の雨が貫く。歩兵だけではない。重戦車や戦闘機までが召還され、マニフィカト達の勢力を削ぎ落とす。

 戦闘機が前後二つに折りたたまれたと思えば、戦車が二列に並び後方部分が浮き上がる。

『あれは、合体ロボットかいな!?』

 アイヤネンの察したとおり、軍隊のマシーンは合体を行い、鋼鉄の巨人へと変形した。先ほど、天使を握り潰した奴である。

 その後に続けとばかりに、五人組のカラフルなレンジャー達が、五人がかりで抱えたバズーカを発砲、天使になりかけていた銀色のヘドロを粉砕した。

 近代兵器を持った戦士だけじゃない。中世の鎧を着たパーティも負けじと進軍してくる。弓が飛び、剣が銀の翼を切り裂く。魔法が天使を凍らせ、跳び蹴りが氷柱を砕く。

 それぞれが持つ正義が駆け抜け、絶望の空を希望に染めていった。

『なんやこれは。まるでスーパーヒーローのフリーマーケットやないか』

 アイヤネンの指摘が的確だ。

「なんだよ、なんだよこの光景は! こんなのプランにないぞ!」

 泡沫の歯車に、動揺の色が出た。

「ざっけんな! こいつら、どっから湧いてきたんだよ! 部下もやられっぱなしじゃなくて抵抗しろよ! こんなの反則だろ!」

「反則じゃない。お前は彼らの姿に、心当たりがあるはずだ」

 泡沫の歯車が、「そうか」と呟く。

「こいつら、ボクらが滅ぼしてきた星の」

 銃を担いだ兵隊、巨大ロボット、変身ヒーローらしき者、魔法少女と、個性派が揃っている。全て、ヒカルの力によって天使化から浄化された者達だ。

 確かに、シェーマを大量に分散させたとはいえ、戦士にふさわしい軍勢はかき集められない。とっくに織り込み済みだ。

「なんで、こいつらが復活してんだよ! 絶望させて、心を徹底的に砕いたつもりなのによぉ!」

 正直な話、僕も彼らが完全には復活するなんて、期待していなかった。

「だから、六角を使って調査もしてみた」

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