第五章 邪神 ヤマダサブロウの終末

ふざけるな!

 約束の三日目になった。僕と三菜子、そしてヒカルは、死んだ都市へ向かう。


 やるべき事は全てやった。後は、タケルと決着を付けるだけ。


 死んだ都市には、既にタケルが陣取っていた。瓦礫の上に白鞘を突き立て、座り込んでいる。


「タケル!」


 呼びかけると、閉じていたタケルの目が開く。


 よく見ると、タケルの足下にあるのは瓦礫ではない。雪の結晶と化した、天使の死骸だ。ガラクタとなって凍り付いている天使共が、山となっていたのである。魂だけを切り捨てられたかのようだ。


 タケルは目を伏せる。いつもの、自信に満ちあふれた表情は影を潜め、頼りない。


 こんなタケルを、僕は見た事があったろうか。


「お前、死ぬ気だな?」


「いつ気づいた?」


 タケルはさして驚きもせず、僕の言葉を肯定した。


「土地を浄化する程の巨大な霊磁力を、ヒカルが持っていると言われたときだ」


 なら、タケルだって同じレベルの力があるはず。タケルは数え切れないほどの天使を切り続けてきた。ポテンシャルはヒカル以上に違いない。ならば、世界浄化の力だって確実に持っている。


「三菜子にさえ、土地再生の役割を任せる気なんてなかったんだろ?」


「そうだ。自分で判断した」


……違うね、断じて違う。


 おそらく、次元調査団は、最初から三菜子を生け贄にする気だ。

 次元調査団の意見を、タケルは全部自分が請け負う気だ。自らを犠牲にして、ヒカルの怒りが次元調査団に向かないようにしている。


 呆れた、下らん。見え見えのレベルでカッコつけて。南郷院どもの自己犠牲は、もはや趣味の領域だ。習慣化しているんじゃないか?


 苛立ちが、僕の胸の中から沸々とわき上がってくる。


「いい加減にしろよ、タケル」


 ヒカルを押しのけ、僕はタケルに鉄拳を食らわせる。

 放心しているタケルの胸ぐらを掴む。


 ヒカルは兄貴が帰ってくる場所を残すため、ずっと戦ってきた。泥まみれになって。

 なのに、タケルは再び、ヒカルの側からいなくなろうとしている。今度は永遠に戻れないだろう。


「ふざけるな! どこまでヒカルの気持ちを踏みにじれば気が済むんだ!」


 僕は、ソードレイを握りしめ、タケルに突き出す。


 ソードレイに霊磁力を注ぎ込む。全力のタケルと戦うなら心許ないが、パワーを使い果たしている今なら。


 タケルも、白鞘を抜く。


「どけ山田三郎。俺は逝く。世界を守る為に」


「何が世界のためだ! お前は誰も犠牲にならん方法を探らねばならんかった。これだけ言っても分からないなら、僕も容赦しない!」


 ソードレイと、白鞘が弾け合う。


 満身創痍だと甘く見ていた。タケルにはまだ、相当のパワーが残っている。打ち合うだけで、こちらが消耗してしまいそうだ。だが、三菜子だって霊磁力が枯渇している。ほぼ全ての力を、この地域住民に分け与えたのだから。


「強い……なんだ、この強さは」


「死んだ土地での爆発の後、俺は様々な世界を渡り歩いてきた。そこで多くの天使達を殺し続けた。半年の間、毎日だ!」


「三郎くんやめて!」


 僕を押さえようとしたヒカルを、か細い手が止めた。三菜子の手である。


「よせ。ヒカルはキミの為に怒ってくれているのだよ」


 ヒカルの腕を掴みながら、三菜子も僕と同じ顔をしていた。


「いいか南郷院タケル、お前は失踪する事で、妹を苦しめた。ヒカルはお前さえ無事でいれば良かったのに。妹を悲しませている時点で、貴様は兄失格なんだよ! そんな簡単な事も分からないのか!」


「俺だってヒカルを一人にしたくなかった。しかし、世界は終末に近づいているのだ」


 僕の剣とタケルの刀がぶつかり合い、そのまま鍔迫り合いになる。


「僕を頼ってくれていたら、早く事は運べていたかも知れない。僕じゃなくってもいい。誰かに手を借りなかったお前の落ち度だ」


 何でも自分で解決しようなんて、できはしない。それは傲慢というのだ。


 霊磁力を練り込んで、プレッシャーをかける。


 白鞘を構え、タケルは霊磁力の障壁を受け止めた。


「言い訳など聞かん。お前は妹を泣かせた。ひとりぼっちにした。ヒカルはお前さえいれば充分だったのに、お前は世界を選んだ。たった一人の妹と全人類を天秤にかけ、人類を優先した。それだけで罪だ!」


 タケルの白鞘が、僕の霊磁力を弾き飛ばす。


「お前に何が分かる! 俺が戦わなければ世界は滅んでしまうんだ! 俺が死ななければ、世界はいずれ死んだ都市に飲み込まれ――」


 タケルが言い終わる前に、僕はタケルの頬へ拳を打ち込む。


 バランスを崩して、タケルが転倒した。


「黙れ! 貴様が動かなければ滅んでしまうと言うなら、滅びてしまえばいい!」


「なんだと……」


 憤怒に満ちた表情で、タケルは僕を睨む。

 ちっとも怖くない。こんな、自分の妹を捨てた男の戯言など、聞くに及ばぬ。


「お前は世界をヤワだと見下し、守ることを選んだ。そのせいで、ヒカルは魔法少女になってしまった。お前がひとりぼっちだと悟って、共に世界を救おうと立ち上がった。それは、お前が最も危惧していた事ではないのか!?」


 ヒカルは、孤独なタケルに手を差し伸べたのだ。危険な領域へと。


 視線を背けたタケルの顔に、苛立ちの形相が浮かぶ。まるで、僕に向けていた怒りを、自分にシフトしたかのように。


「お前は結局、ヒカルを危険にさらした。お前のやろうとした事は、ヒカルを追い詰めることになったんだよ」


「……だったら貴様は、世界よりヒカルを選ぶとでも言うのか!?」


「比べる以前の問題だ。僕はいつだってヒカルが最優先だ。ヒカルこそ僕の世界そのもの。ヒカルを救うことは、世界を救うことと同義だ」


 口を開きかけ、タケルは二の句が継げないままでいる。


「何を世迷い言を、世界なくして平和など――」


「世界だけ救ってもダメなんだよ!」


 邪神ネクストブレイブの世界は、何もない。人の活気も娯楽も、何もかも。


 居場所だけあっても人がいなければ世界じゃない。人がいても不幸な世界だってある。広大なフィールドがあったところで、人のいない場所にあるのは寂しさのみ。


 異界を元に戻しても、人が帰らなければ、そこは単なる荒野だ。


 人が住まなければ、家の腐食が活性化するという。家だけがあったとしても、安心できなければ、ただ巨大な箱だ。笑顔や安らぎ、営みなくして、世界の平和なんて訪れない。まず人の心が、人の平和があってこそ、世界は真の幸せを手に入れられる。


 ヒカルにはそれが可能だ。僕達を含め、誰よりも。


「お前の理想は、ヒカルを調査団という檻に閉じ込めて、一生飼い殺しにする行為だ!」


 黒の嘶きを、タケルの周囲にまき散らす。


 黒雷が地面で爆裂し、タケルの動きを止めた。


「次元調査団は、ヒカルにとって檻だと?」


『いくら現実世界に被害が及ばんって言うたかて、異界に爆弾落とすような奴らやぞ。そんな奴らが、ホンマにヒカルを守ってくれとるとでも思っとったんか?』


 言いづらそうなヒカルに代わって、アイヤネンが代弁する。いつものひょうきんさは影を潜め、タケルを責めるような視線を浴びせた。


 事実、調査団はヒカルの命を犠牲にしようとして、三菜子の命まで差し出せと言う。奴らにイニシアチブを取らせるべきではない。


『アンタがおらんと、ヒカルは孤立してしまうんやで。調査団はなんも分かってへん。世界さえ救えればええと思ってるような奴らやからな』


「お兄ちゃん。もう、どこへも行かないでよ」


 今まで言えなかった言葉を、ヒカルはやっと口にした。


 ヒカルは、慈悲に満ちた表情を兄に向ける。


 目が覚めたのか、ようやくタケルは刀を納めた。その場にあぐらをかく。


「俺は、弱いな。お前に辛い思いをさせてばかりで」


「弱くたっていいもん!」


 いつもと違う力強い言葉を、ヒカルは兄に投げかけた。


「ヒカル、お前」


「弱いところも全部含めて、わたしには大事なお兄ちゃんだよ。わたしだって、お兄ちゃんの弱さに気がつけなかっただけ……ごめんね」


 妹からの言葉に耳を傾けながら、頑なだったタケルの表情が和らぐ。


「お前、シェーマを扱うようになってから、考えが大人っぽくなったな」


 普段見せない、穏やかな表情がタケルの顔に浮かぶ。


「えへへ、そうかな?」


 ヒカルは次に、僕の方へと身体ごと向けてきた。


「色々ありがとう。やり方が強引だったのがちょっと怖かったけど、お兄ちゃんが戻ってきてくれてよかった」


「そうだな。動いた甲斐があった」


「感動のシーンを邪魔して悪いんだけどさぁ」


 目が痛むほどの銀色が、空を覆い尽くす。


 中心には、虹色の羽根を携えた、邪悪なガラクタの寄せ集めが。


「《泡沫の歯車(バブル・ギア)》……どうしてここに」


 天使の総大将、泡沫の歯車が、両手を広げて天使に指示を送る。


「ここは、異界とも現実世界とも違う場所。うまくコントロールすれば、天使を溢れさせる事ができる」


 竜巻のように、マニフィカトの群れが街中へと飛び立つ。


「こんなに広範囲で、異界が広がっているのか!?」


「この地域一帯に住んでいる人々を天使化させたんだよ。それだけじゃない。『死んだ土地』の特性をコントロールできれば、ここにいる天使共を街に放すことだって可能だ。チマチマ人々の心を食わなくてもね」


 僕は全ての力を全て解放して、いきなり全力モードで迎え撃った。女の身体になるのは久々である。敵の大ボスが目の前にいるのだ。恥ずかしいなんて言ってはいられない。



「はじめるよ、絶望を」

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