ハダカの女子会

 場所は変わって、風呂場では、相変わらずヒカルと三菜子が湯船で語り合っている。


「わたし、お兄ちゃんの邪魔になってないかな?」


「キミを邪険にするなら、とっくに見放してるだろうね」


 三菜子の励ましを受けてか、ヒカルの目に光が戻っていく。

 やはり神格とは頼りにされると気分がいいのか。三菜子は気分が良くなっているようだ。


「わたし、すごくワガママだよ。わたしが犠牲になれば、マニフィカトを全滅させられる。

でも、怖いんだ。頑張らなきゃいけないのに、自分の保身ばっかり考えちゃうんだ」


 一糸まとわぬ自分の身体を抱いて、ヒカルが弱音を吐く。


「キミはよく頑張ってるよ」


 三菜子がフォローを入れても、ヒカルは首を振る。


「わたしはいけない子だ。みんな必死で戦ってるのに、でも、足が震えて。みんな大切で。離れたくなくて」


 こんな弱々しいヒカルは初めて見るかも知れない。


「ずっと頭の中で戦ってるの! 死にたくない。でも戦わないと。みんなを死なせたくない! でも怖い! わたし、死にたくない……」


 ヒカルが手のひらで顔を覆った。その手は、風呂に入っているのに震えている。


 僕の中で、ヒカルは尊い存在だった。ヒカルはどんな苦難も、笑顔で乗り切るのだと。


 実際は違った。ヒカルはどこまでも普通の女子高生だ。悲しいまでに人間で、どうしようもないまでに矮小な存在で。


 僕はいつの間にか、彼女を女神のような高尚な存在だと思い込んでいた。ヒカルだって人間なんだ。普通に怯えるし、悩むし、苦しんでいる。


「それでいいのだよ。キミは弱くていいんだ」


 諭すように、三菜子はヒカルの頭を撫でる。


 三菜子は、ネクストブレイブは自らの命を犠牲にして、世界ごとマニフィカトと心中した。にも拘わらず、天使を滅ぼし切れていない。


「人はそんなに強くない。ヒカルの抱えている悩みは、誰しもが抱えているものだよ。だから、恥じるようなことではないんだよ」


「ありがとう三菜子ちゃん。ちょっと楽になった」


 具体的な解決には至らなかったが、ヒカルの頑なな気持ちは和らいだ らしい。


「さて、気持ちは解れたようだね。では……身体の方を解してやろうかな」


「え、ひゃあ!?」


 悪ふざけのつもりか、三菜子がヒカルの肩を揉み、背中を撫で回し始めた。


「おお、凝ってる凝ってる。肩も背中もコリコリだねぇ」


 三菜子のマッサージに身もだえしながら、ヒカルが身体をよじる。


「ちょっと、三菜子ちゃんっ。くすぐったいよ」


 ヒカルが奇妙な声を漏らした。

 脱力したヒカルを、三菜子がさらに責め立てる。


「あいつ、調子に乗りやがって!」


 僕は立ち上がった。もう、我慢ならん。ニワトリの相手をして、少しは気を紛らわせようとしたが。


 ドタドタと、早足で階段を降りて、廊下を抜ける。


「三菜子! お前なあ! 少しは自重を……」


 僕はおもむろに、風呂場のドアを開けた。


「……えっ」


 絶句するヒカルと目が合う。

 僕はハッと我に返る。

 今のヒカルは、乳白色の湯船に肩まで沈んだ状態で。つまり、バスタオルはおろか、何も身につけていなくて。


「ひゃああああああああああああああああああああああ!」


 腕で身体を隠して、ヒカルが悲鳴を上げた。


 風呂桶や椅子が、僕に向かって飛んでくる。


「すまんヒカル、冤罪だ! 不可抗力だ! 悪いのは全部三菜子なんだ!」


「キミねえ、この期に及んでなんてことを」


 全裸の三菜子が呆れ果てた反応を示す。


『アホ丸出しやんけ』




 風呂から上がったヒカル達と合流してまもなく、呼び鈴が鳴った。

 客が来たと両親に告げられ、つかの間の休息は終わったのだと悟る。

 南郷院タケルが、沈んだ顔で俯きながら玄関に立っていた。


「落ち着いて聞いてくれ。今から数ヶ月後、死んだ土地は拡大する」


「拡大の可能性は低かったはずでは?」


「何が起きたのか、急に活性化した。おそらくマニフィカトが何かをやらかしたのだろう」


 タケルの調査によると、あの真空世界は小康状態を過ぎ、いずれ世界全てを飲み込んでしまうと言う。真空に飲み込まれ、地球は消滅すると。


『どないもできへんのか?』


「悲観する必要はない。死んだ世界を元に戻す方法が分かった」


 調査の結果、強力な霊磁力(ラジカル)を送り込むと、死んだ世界が再び活性化し、生き物が芽吹くという。


「だが、大規模な霊磁力が必要だ。数値で言えば、数一〇〇万人分の命が」


 絶望的な数値だ。ドーム球場ほどの土地を再生させるのに、約一〇〇万人に死ねと。


「とはいえ、一人の力で賄う事だってできるんだ。それくらいの力を持っているシェーマ使いがいる」


「そいつは誰だ。知り合いにいるのか?」


「ああ。ヒカルだ」


 僕は、妙に納得してしまった。

 確かに、ヒカルの霊磁力ならできるかも知れない。それだけの説得力が、ヒカルの霊磁力にはある。奇跡を起こせると。


「世界は蘇っても、ヒカルは死ぬんだな?」


「そうなるな」


 抑揚のない声で、諦観のこもった口調で、残酷な言葉を放つ。できるだけ、ヒカルに感情移入しないように配慮しているのが感じられる。平気で妹を生け贄に差し出す、非情な兄を演じようと。


 演技だと、ヒカルにだって分かってる。


「他に方法はないのか?」


「あるには、あるんだが……」


 今度は、三菜子に視線を注ぐ。


「邪神ネクストブレイブの霊磁力なら、十分だ」


 神の霊磁力なら、世界の復活などたやすくできるだろう。

 ヒカルは神レベルという事か。


「しかし、三菜子は死ぬんだな?」


「神といえど、世界に命を吸われ続ける状態には耐えられないだろう」


 また、冷静な声で言い放つ。


「三日だ。三日間だけ、考える猶予をやる」


「心得た」


「三日後、死んだ土地で待っている。決着はそこで付けろと、南郷院は言っている」


 それだけを言って、タケルは僕達に背を向けた。家とは違う方角へ、足を進める。マニフィカトを潰しに向かうのか、泡沫の歯車を探すのか。


「お前は帰れ、ヒカル。これは僕達の問題だからな」


「お兄ちゃんは、南郷院のみんなは、わたしを生かすために、三菜子ちゃんに死ねって」


 責任を感じているんだろう。ヒカルは帰ろうとしない。


「それでも三菜子ちゃんの友達なの!? お兄ちゃんは友達に死ねって言うの!? 今まで一緒に戦ってきたのに、簡単に切り捨てるの!?」


 そりゃあ怒るだろう、ヒカルなら。こういう状況になって最も怒りを露わにするのはヒカルだ。


「いいんだよヒカル。キミに辛い思いはさせない」


「お前……どういう意味だよ三菜子!」


 僕が問いかけても、三菜子はそれ以上何も言わなかった。

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