次元調査団

 三菜子とヒカルが、僕の家の浴室で服を脱ぎ出す。


 僕の脳内で、その映像がダイレクトに映し出された。


『うおおおおい! なんで風呂なんだよ! もっと他に方法があるだろ! それこそ部屋で駄弁るとかさぁ!』


『それだとニワトリが茶々を入れてしまうだろ?』


 僕の脳内抗議に、三菜子も脳内会話で返す。


『自粛してもらえばいいだろ!』


 乳白色の浴槽に、ヒカルと三菜子の二人が身体を沈めた。窮屈そうだが、身体が密着していて温かそうである。

 目を塞いでいても、三菜子の見ている物は脳内で映像化されて再生されてしまう。

 ヒカルの柔肌を間近に捉えて、僕は気が動転している。


「未だに兄は苦手なのかい?」


 最初は、単なる悪ふざけで入浴を促したのかと思っていた。けれど、三菜子にもヒカルの抱えている問題に興味があったらしい。


「苦手じゃないんだよ。でも、困らせたくなくて」


「言いたいことがあるなら、明言すべきではないのかね?」


 ヒカルはブンブンと首を振った。


「戦場に行かないで、なんて言えないよ。使命なんだもん。邪魔したらダメだよ」


「使命だからなんだっていうのかね。キミはずっと我慢してきた。けれどタケルは今後も戦へ赴く。今度こそ今生の別れになるかも知れない」


「うん、分かってる」


 僕達に、ヒカルにさえ、タケルを止める資格はない。タケルは南郷院の使命によって動き、戦っている。マニフィカト殲滅は世界平和に繋がると、自分でも信じているだろう。


 ヒカルは兄に、側にいて欲しい。けれども、それは許されない要求だ。


「もっとキミはワガママになっても良いと思う」


「そうかな。わたしのワガママで、世界が終わってしまわないかな?」


 人として当然の気持ちを、ヒカルは素直に吐き出せない立場にいる。それが南郷院という存在だ。


「一人じゃ世界を救えないのだよ。天使を壊滅させるには、全てのシェーマが団結する必要がある」


「それだと、みんなを巻き込んじゃうよ」


「彼らとて覚悟の上だよ」


「わたしがもっと早く覚醒していれば、もっと多くの人が助かったのに」


 三菜子は、首を振った。


「それは言ってはいけない。自分を責めることになるよ。過去を悔いるより、今を大切にしようじゃないか」


「ありがとう。三菜子ちゃん」


 ヒカルは、ネクストブレイブを三菜子と呼んでくれている。


「いつ覚醒したんだい?」


「それがね、三郎くんが暴漢に襲われたときだったんだよ」


 あの時か。僕は当時を思い出して、情けない気持ちになる。


「三郎くんには言ってなかったんだけど、あの暴漢は、マニフィカトだったんだよ。だから、三郎くんが倒せなくてもしょうがなかった。だから、わたしはアイちゃんと正式に契約して」


「そしたら、タケルがいなくなった直後くらいかな?」


「うん、そうだね」


 そこから、ヒカルが利用される日々が始まったのか。





「お前には、聞きたいことがある」


 僕の前には、ヒカルが残したニーソがあった。そこから、卵形のニワトリが浮かび上がってくる。


「ヒカルを縛る南郷院とは、いったいどのような組織なのだ?」


『今頃、《次元調査団》がヒカルをどうするか議論しているところやろうな。南郷院を語る前には、そこを説明せんと』


 アイヤネンと向かい合う。


「次元調査団?」


『地球におけるマニフィカト対策組織のことや。南郷院は、その日本代表みたいなもんやねん。表向きはスポンサーやな。野球チームやゲーム会社とかの』


 偉いさんの家系なんだろうとは思っていたが、そこまで責任のある業務をしていたのか。住んでる敷地が広大なのも頷ける。


『ワシらがゲームを扱って戦士選びをしてるんは知ってるな?』


「それも、お前達が管理していると」


『この世界にいる戦士のほとんどは、ワシらが管理運営しとる。お前や六角祐紀はイレギュラーなんよ。ましてお前は神格クラスや。ワシらもお前らの扱いには意見が割れとる』


 手を組むべきか、対立するべきか。


「どっちでもいいよ。お前達はヒカルを束縛するから嫌いだ。が、攻撃する気はない」


 憮然として、僕は腕を組む。


「以前、タケルがヒカルの力はレアだと言っていた。どういう訳だ?」


 女神の能力は【浄化】だ。



『浄化の力は、ヒカルだけの力なんや。つまり、女神の力を正当に受け継いでいるんは、ヒカルだけなんや』


 そのせいで、南郷院はヒカルを過剰なまでに保護していたらしい。

 僕はてっきり、浄化能力は女神のシェーマなら誰でも持っていると思っていたが。


「なら、タケルは違う力が宿っていると?」


『タケルの能力は【浄化】やない。【成仏】なんや。本来、天使は倒されたら消滅するんや。タケルに倒されたマニフィカトは、元の人間として生まれ変われるんや』


「人として死ねる、と言う意味か?」


『平たく言うと、せやな』


 あまり、意味がなさそうな力だ。天使化してしまった者からすれば、ありがたいのだろうけれど。


『せやから、調査団はヒカルの浄化能力で、戦況をひっくり返す気や。具体的な策は出てへんけどな』


 要は、ヒカルの力を全て解き放ち、マニフィカトを一網打尽にする気だ。


「アテにしすぎだろ!」


 僕は床を拳で叩く。


『それだけ、次元調査団はヘバッとんねん。ヒカルがおらんかったら、戦力を増強できんほどに。今の調査団は、全盛期の三割くらいしか力がないねん』


「どうしてこんな事態になったんだ?」


『異界破壊爆弾のせいや』


 アイヤネンは、タケルが行方不明になったいきさつを語る。


 当時、次元調査団が『マニフィカトを異界ごと消し去る爆弾』を開発した。が、結果的に死んだ都市のような、疑似ブラックホールが発生する現象を引き起こす。もはや、異界でも現実世界でもなくなってしまった。


 南郷院タケルはこの現象を元に戻す方法を探るため、異界にとどまる決意をする。



 タケルはいい。しかし、問題は調査団の方だ。

 頑なに現状維持を主張しているという。死んだ都市で大半の兵隊を失った事が堪えているらしい。それがなければ、ヒカルを頼る必要もなかったと。今の調査団は、実体化しかけている天使の駆除で手一杯だという。とても、マニフィカトの侵攻を元から絶つ力はない。


 ヒカルの浄化能力を使わなければシェーマの精製が滞る。だが、ヒカルの命をかけないと、天使の排除ができない。


 人類、詰みじゃないか。


 だからって、ヒカルを好き勝手に扱う理由にはならない。断じて。


「ヒカルを、戦闘に巻き込まない方法はないのか?」


 アイヤネンに問いかける。

 このままでは、ヒカルはすり切れてしまう。


『方法は、ないワケやない』


 しばらく熟考した後、アイヤネンが漏らす。


『邪神ネクストブレイブの功績は、ワシらも感謝しとる。実体化しようとしたマニフィカト勢を、星ごと壊滅に追い込んどる。自分の命と引き替えにな』


「三菜子を天使にぶつけると? 爆弾代わりに」


『次元調査団は、今にも相談してる所とちゃうか?』


 アイヤネンの表情からも、納得できてないと見て取れる。


『誰かが犠牲になればいいなんて発想は、ワシも了承できん。他に方法があれば、状況も見直せる。せやけど、いつ【泡沫の歯車バブル・ギア】とかいう天使が実体化するかわからん。奴は未だに、ぎょうさんの人間にネガティブな感情を植え付けてるはずや。保育所とか学校を狙ったんも、その為や。あれはかなり大型のマニフィカトやで』


「その分、策を練る時間もあると」


『せやけど、どないせいっちゅうねん』


 頷いて、アイヤネンは続けた。

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