すき焼き戦争

「おい三菜子! 今日という今日は許さんぞ!」


「なにをぅ! やるかい三郎!」


 帰宅後、僕は三菜子と激しくぶつかり合っていた。自宅で。


「あのなあ三菜子、毎回毎回、人の分をかっさらおうとしないでくれるか?」


「だぁーれがキミの所有物と決めたのかね? これは神の供物だよ」


 鉄鍋の中で、野菜や椎茸、牛肉が踊っている。割下に浸かり、甘辛い味わいを吸い込みながら。僕達においしく食べられる為に。


 僕は現在、隣にいる三菜子と牛肉の取り合いをやっている。


「ヘッポコ神はお供えでも食ってろ!」


 強引に引っ張り出す。


「あ!」


 肉はむなしく引きちぎれる。大半が三菜子の取り分となった。僕の分は三分の一も残ってない。


「ほれ見なよ。これはワタシに食われるために存在するのだよ。あーん」


 見せつけるように、三菜子は天井を仰ぐ。箸をクレーンのように口付近へ持っていき、すき焼きの肉を口の中へ落とす。


「んー、農耕の神に感謝だねっ」


 お前も神だって自称していたではないか。


『豊穣神いうたら、まさに我らが女神、イースタルテ様やないか』


 アイヤネンの声が脳に直接届く。もちろん、こいつの声は僕達にしか聞こえない。

 そう、僕達の差し向かいの席にはヒカルが座っているのだ。


「そうなのか?」


『せやで。イースタルテは土地神なんや。生命の象徴やな。不死鳥のワシがニワトリなんも、比翼連理の象徴やからや。家畜って意味もあるんやけどな』


 土地と家畜は切っても切り離せないほど仲睦まじい、という意味だという。


「では、豊穣神イースタルテは、ワタシの腹を満たすために存在するんだね?」


「この罰あたりめ。糸コンニャクでもすすってろ」


「糸コンニャクをバカにしないでくれたまえ! あれは神の奇跡だよ!」


 そういえば、こいつは糸コンニャクだけ独り占めしている。僕も好きなのに。


「怒るポイントそこかよ!? だったら糸コンニャクは全部やるから肉をよこせっ!」


「肉と糸コンは別腹だっての! どちらも譲らないかんね!」


 このワガママっぷり。まるで子どもを相手にしているみたいだ。


「ヒカルはどう思う? 三郎の吝嗇ぶりを。こんな狭小な心の持ち主とは思わなかった」


「お前が人一倍図々しいんだよっ! 居候のくせに人をケチ呼ばわりするな!」


「二人とも、仲よしだねっ」


 微笑みながら、ヒカルがマイタケを玉子にくゆらせる。コリコリと音を立て、頬張った。しかし、あまり箸が進んでいないように見える。


「どこをどう見たら、これが仲よさそうに見えるんだよ」


 ヒカルと僕は、同時に箸を鍋に。


 特大サイズの牛肉が浮かぶ。ちょうど良いくらいに、ダシが染みこんでいる。


「あっ」と、僕はヒカルと一緒に声を上げた。


 僕が掴んだ肉は、ヒカルが選んだ肉と繋がっていたようだ。中の方にあったから、分からなかった。


 ヒカルとお見合いしてしまう。


 鍋が煮える音だけが鳴り響く。


「見なよ。仲がいいっていうのは、こういう状態を言うのだよ」


 自分の肉を、三菜子はムシャムシャ頬張る。


「ほら」と、僕はヒカルのお椀に、牛肉を放り込んだ。試合放棄である。


「いいの? 三郎くんの分じゃん」


「お前、さっきからお麩とか野菜しか食べてないじゃないか。できれば積極的に自分で肉を取りに行け。でないとこの邪神が全て食い散らかす。実にもったいない」


「もったいないとはなんだね三郎! 肉だってワタシに食われて悦んでるんだからね!」


 字が違う。神に食われて恍惚に浸る牛がどこにいるんだよ。


「やっぱり三郎は、ヒカルちゃんには優しいわね」


 ヒカルの分の茶碗にご飯をよそいながら、僕の行いを母が茶化す。


「優しくなんかない!」


「でもいいの、ヒカルちゃん? せっかくお兄様が帰ってきたのに、ウチでお食事なんて」


「いいんです。兄にも伝えてあります」


「あらぁ、そうなのね」と、母はそれ以上追求を避けた。


 僕らは現在、タケルからヒカルの保護を任されている。


 南郷院では現在、家族会議が行われているのだ。議題は二つある。

 一つは、マニフィカトに対する今後の対策だ。敵の親玉がようやく姿を現したとはいえ、チャンスか罠かも分からない。今頃、慎重派と強硬派のせめぎ合いが繰り広げられている。


 もう一つは、三菜子の処遇だ。邪神ネクストブレイブを名乗る三菜子を、同志として迎え入れるか、驚異と見なして排除するか、などという議論が繰り広げられているとか。


「今日は、二人と話がしたくて」


 僕も、ヒカルから話し合いの場を求められたとき、何事かと思った。


 とにかく、食後だな。


「ではワタシは糸コンニャクをいただくとするか」


「残念だったな、それはもう僕の器に沈んでいる」


 さっきのお返しだ。僕は糸コンニャクをズルズルと吸い上げた。三菜子に見せつけるように。


「おのれ三郎、生きては返さないよ!」


 お前が死んだら僕も死ぬだろ。


 食事が済み、一息ついたところで、三菜子が席を立つ。


「さて、南郷院ヒカル、二人きりで話せないかな」

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