学校襲撃

 とはいえ、早々ナイスなアイデアなんて浮かばない。

 学校どころではないが、高校も被害に遭いそうなのでは、通わなくては。

 あいにく、ヒカルは生徒会の準備で、先に学校へ向かっていた。

 何事もなければいいが。


「妙だ、なんだこの邪気は」


 イヤな予感が漂う。この気配はマニフィカトだ。


「学校が異界化している!」


 しかし、天使の反応なんてどこから。あちこちで弱いマニフィカトの反応がする。


「三郎くん!」


 二階からヒカルの悲鳴がした。窓の向こうでこちらに呼びかけている。魔法少女姿で。


 急いで二階へと駆け上がる。

 駆けつけると、鴻上がヒカルを窓際に追い詰めていた。


「何があった? ヒカル!」


「マニフィカトの気配がして、変身したんだけど、鴻上くんしかいなかったんだ。避難するように声をかけたんだけど、鴻上くん、目の焦点が合っていなくて」


「おい、どうしてしまったんだ、鴻上!」


 返事がない。何かに取り憑かれてしまったかのように、鴻上の目はヒカルだけに的を絞っていた。


「うへへへへ、エストちゃあん」


 眼前の魔法少女を視界にとどめながら、鴻上が不気味にニタつく。


「彼はマニフィカトに取り込まれてる。早く駆除しないと」


『ワイもそない言うとんねん。何しとんねんヒカル。いてこませ!』


「うん。それは分かってるんだけど」


 ヒカルはハンマーを手にしているが、鴻上が相手な為か、攻撃をためらっている。

 こうなったら、やるしかない。


「ステッキでぶん殴れ、ヒカル!」


「でも、ケガさせちゃう」


 ヒカルが、ステッキと僕を交互に見る。


「構うな、鴻上だぞ! こんなくらいで死ぬか!」


「わ、わかった。えーい!」


 ヒカルのハンマーが、大きな弧を描いた。


「ぶべら!」


 コン、という軽快な音を鳴らし、ハンマーが鴻上の頭にヒットした。

 鴻上の口から、機械仕掛けの天使が身体を半分だけ出す。

 すかさず、僕はソードレイを取り出した。一瞬で、鴻上に巣くうマニフィカトを切り裂く。天使化していないなら、ヒカルの浄化に頼る必要もない。それは、担任で実践済みだ。

 白目をむいて、鴻上が倒れた。


「だ、大丈夫かな?」


「心配しなくてもいいよ。あらぬ方向に首が曲がってるけど、死にはしないだろうね」


「鴻上だしな」


 だが、ヒカルを狙っているのは、鴻上だけではなかった。


「ぎへへへ。エストちゃんだ」「エストちゃん、怖くないからねぇ」


 どこからと言わず、虚ろな目をした男子生徒がゾロゾロとあふれ出し、ヒカルに抱きつこうとしている。異様な数だ。


「うう……」と気味悪がって、ヒカルは後ずさった。


「何か様子が変だね、三郎」


 どうも、ヒカルをエストという少女と勘違いしているらしい。


「……エスト、そういえばその単語、どこかで」


 僕はハッとなる。鴻上のカバンを漁り、端末を引っ張り出す。


 端末の電源を入れると、ゲーム画面が映し出された。


 ヒカルと同じような魔法少女の格好をした少女が、タイトルの隣でポーズを取っている。ヒカルの魔法少女ルックは、鴻上がプレイしているゲームのキャラクターそっくりなんだ。鴻上によると、人気はそれほどでもない。が、優しいのでカルトなファンが多いとか。


「だとしたら発信源は……ゲーム端末だ!」


 僕は男子生徒達の身体ではなく、持っているゲーム端末に照準を合わせて、銃を構える。


「心で、撃ち込む」と、心の中で念じた。何度も引き金を引き、赤い光線を撃ち出す。


 赤い筋は、蛇のような軌道を描いて、彼らの持っている鞄を狙い打ちした。光線が、鞄を突き抜ける。


 その途端、操られた生徒達がバタバタと倒れ込む。


「おいアイヤネン。お前らは女神が作ったゲームで、シェーマの使役者を選別しているんだよな。となれば、これは身内の犯行だということになるが」


 僕が尋ねても、アイヤネンには心当たりがないという。


『いや。これはワシらが作ったゲームの仕業やないで、これは』


 端末に入っているゲームソフトやアプリを確認する。


「なんだ、これは?」


 入っていたのは、ゲームではなく占い系のアプリケーションだった。



『ゲーム端末だけやない。スマホにも同じようなアプリがあったで』


 鴻上に聞いた話だと、ゲーム機持ち込みを提案したのは生徒指導の教師だそうだ。


「だとしたら、先生が操られている可能性がある」


「なるほど、生徒にアプリを使いやすい環境を提供したと」


「でも三菜子、天使の反応はなかったんじゃないのか?」


「さすがに、ワタシも小さすぎる瘴気はかぎ取れない。その隙間を突かれた。迂闊だった」


 三菜子が言うには、極小単位の瘴気が、生徒指導の先生に取り憑いていたのではとの事だった。時間をかけてゆっくりと、先生は蝕まれたのではないかと。さらに、端末を介していたからか、気づくのが遅れたという。


 とにかく、先生を探さないと。


「今日は学校を休むように」と、六角に電話で伝えた。あいつの力は、天使を殺すことに特化しすぎている。六角の刃は、操られているだけの人間には向けられない。


「山田、ここだ!」と、外から僕達を呼ぶ声がした。あの声はタケルだ。


 廊下の窓から身を乗り出す。

 屋上で、タケルが天使と戦っていた。襲い来るマニフィカトを、白銀に輝く刀で次々と切り刻む。


「ねえ、あれ見て!」


 屋上を指さしながら、ヒカルが大声を上げた。

 タケルの他にもう一人の人影がある。髪の長い女性のようだが。あれは、生徒指導の先生じゃないか。どうしてこんな所に。


「もーっ! どうしてタケルくんは私に振り向いてくれないかなぁ? せっかく戻ってきてぇ、また私と一緒に仕事してくれると思ってたのになぁ!」


 先生は、屋上で喚き散らしている。身体が半分、天使化していた。


 脚から生えた根が、ゆっくりと学校を包み込む。


 同時に、朝顔の蔓のようなツタが、先生の身体に絡みつく。それだけじゃない。周りの植物も巻き込んで、巨大な大樹の姿へと。


 太い木と化した先生の背中には、色とりどりの花びらが天使の羽根みたく生えている。木に咲くような花ばかりではない。地面から生える花まで、無秩序に咲いていた。


「いつもいつもいっっ……つも! マニフィカト退治なんかにうつつを抜かしちゃってさぁ! 天使殺しがそんなに楽しいのかなかなかなぁ! なんとか言えやガキィ!」


 天使に感情を乗っ取られ、天使化した生徒指導員が暴言を吐き散らす。


「このアルラウネがさぁ、引導渡してやんよぉ!」


 校舎を包み込んだ植物のツタが、僕達に襲いかかってきた。


「ええい、黒の嘶き!」


 ツタに向けて、黒い稲妻で応戦する。


 雷に打たれ、ツタがボトボトと地面へと落ちていく。


 後ろへ避難したヒカルが、ステッキを横に構えた。一瞬で、ヒカルが第二形態へ変化する。


「こうなったら、浄化で一気に行くよ」


 ドラム缶大のピコピコハンマーを、ヒカルが担ぐ。


『アカン。コスモ・デピュレーションは、一日に一発が限界や。ミスができへん』


 上空にワラワラと湧き出る天使共を、ヒカルは苦々しく見つめる。


 必殺技をヒカルが撃ったとしても、天使の群れに防がれてしまうだろう。そうなれば、先生を救えない。


「三郎、ここは構わず、ヒカルを連れて逃げろ!」


 タケルが、腰から白鞘の刀を取り出す。青白い雪のような刀身が、冷気を放った。炎を司るヒカルとは対照的である。


「だがタケル、お前一人でこの戦況は乗り切れん!」


「平気だ。ゆくぞ、雪風」と、タケルが自分のソードレイである白鞘に問いかけた。


 雪の結晶が、タケルの刃に漂う。あの一粒一粒がすべてシェーマなのか。


 燃えるような瞳が、天使の群れで覆い尽くされた空を射貫く。その瞳すら凍り付きそうな刃を撫でながら。


 燦! と、雪の音が鳴る。灰色の空へ向けて、一筋の雪が舞い上がった。

 冷気の霊磁力を充填させた光の筋が、三日月型の弧を描く。冷気の光刃は大量の天使を切り裂いた。


 空に大きく、一陣の裂け目ができあがる。


 粉雪が、裂け目から舞い降りた。


 僕の手に、雪が落ちる。羽根は手に落ちると、粉々に砕けた。


「これは、雪じゃない」


 降り注いでいるのは、天使の羽根だ。


 だが、タケルも限界なのか、肩で息をしている。

 状況は一刻の猶予も許されない。

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