死んだ街

 柵の入り口にてヒカルと合流する。ヒカルは花束を両手に抱えていた。

 軍服を着た大柄の男性が、柵の前に立っている。サングラス越しから、僕達に視線を送る。まるで分析でもするかのように。実に感じ悪い。


「この人達は、わたしのお友達です」


「こちらへ」と機械的な口調で、柵のロックを外す。


「よかったのか、ここで?」


 永遠に兄を失ったとされていた場所だ。ヒカルからすれば、思い出したくもないに違いない。タケルが戻ってきたことで、吹っ切れたのか。


「うん。もう大丈夫。お兄ちゃんが無事だったのも確認できたし」


 柵のカギを開け、ヒカルは都市へと足を踏み入れた。


「これは……」


 三菜子が、唖然とした顔になる。


 街全体が瓦礫で埋もれ、ビルの鉄骨は剥き出しになって、一階を残すのみ。復興のめども立っていない。


 半年前、爆発事故があった現場とされている。多数の死者が出た、と報道された。


 通称、『死んだ街』と呼ばれているポイントだ。


「実際は、マニフィカトとの戦闘が行われた、ってヒカルが教えてくれた」


 灰色の街を見つめながら、ヒカルは沈んだ顔になる。まるで当時を振り返るように。


「日本の技術なら、こんな都市の崩落でも乗り越えられるんだろ?」


「先に行ってみたら分かるよ。どうしてここが、このままなのか」


 ヒカルが、思わせぶりな言葉を僕達に突き刺す。


 しばらく歩くと、野球場くらいの大きさに地面がえぐれた場所にたどり着く。


「街に、クレーターができてる」


 都市の中央が、半球状にえぐれていた。ここが爆心地とされている。


「三菜子ちゃんなら分かるんじゃないかな? この場所が、この世界がどうなっているか」


 弾かれたように、三菜子はクレーターの側でしゃがみ込む。クレーターの土を掴み、揉み砕く。


 土はサラサラと音を立て、三菜子の手からこぼれ落ちた。


 僕も同じようにしてみたが、土にまるで生気がなかったように思える。


「どうした、三菜子? この場所に何があるんだ?」


「このクレーターのあるエリアだけ、世界が死んでいる」




 意味不明な答えが返ってきた。世界が死んでいるだって?


「本当だ。場所そのものが色をなくしてる。世界は多かれ少なかれ、霊磁力を感じられるはず。なのに、この場所からだけは感じられない」


「この場所をこれ以上広げないために、わたしたちは天使と戦っている」


 信じられない。僕は、クレーターの向こうへ、手を伸ばす。


「触っちゃダメ!」と、ヒカルが僕の手首を掴んだ。「このクレーターから先は、どうなってるか分かんないんだよっ!」


 曰く、世界そのものが球状にくり抜かれているらしい。分かりやすく言えば、球状の空間が、クレーターにめり込んでいるような状態だ、という。


『球っころの形した、ちっこいブラックホールがある、と思ったらええで』


 手を伸ばす代わりに、空間に石ころを放り投げる。

 石はクレーターに転がらす、その場で粉々になった。

 もし、何も知らずに手を伸ばしていたら。僕は身震いした。


『邪神ネクストブレイブ、あんたなら、こうなった理由が分かるやろ? 世界が死ぬって状況を、あんたは覚えているはずや』


 信じられない言葉が、アイヤネンから放たれた。


「そうだね。ワタシがマニフィカトと心中したときと、同じ現象が起きている。ワタシの時より小規模だけど」


 三菜子は立ち上がって、辺りを見渡す。まるで、なくなってしまった自分の故郷を眺めているみたいに。


「タケルは去年、この地で死んだと思われていた」


 僕は、てっきり行方不明になったんだと思っていた。

 今なら分かる。マニフィカトとの戦闘の跡が。


『もうアカンってなったとき、南郷院のトップ達がここで全力を尽くした。その場にいたマニフィカトは壊滅した。せやけど、この場所丸ごと死んでしもうた』


 タケルは、死んだ世界の再生方法を調査する為、ここに残った。

 幸い、被害はこの場所だけにとどまっている。世界の死は、他のエリアにも及ぶものではないらしい。


「ここで、いっぱい人が死んだの。南郷院も」


 折れた柱にしゃがみ込んで、ヒカルが花束を添える。誰とも知らぬ戦士を弔っているのだろう。


「だから、南郷院は誰も死人を出さない。誰も巻き込まないって誓いを立てた」


 すべての世界が、このクレータのようにならない為に、か。


「その為に、擦り切れるまで戦えと言われているのか、お前は」


 僕が問い詰めると、ヒカルは僕から視線をそらす。


「わたしは、戦況を有利に進められる力があるから……」


 それが、こいつの呪縛か。自分が戦場に立てば誰も傷つかないと、ヒカルは考えている。浄化の能力を持って、全ての天使を浄化さえできれば、と。

 バカな。どこにいたって生き残る奴は生き残るし、死ぬ奴は死ぬ。ヒカルはまったく関係ないじゃないか。

 南郷院の思想はエゴだ。一人でやってもしょうがない。

 相手は物量で押しつぶしてくる。今必要なのは仲間なんだ。

 それなのに、失うのを恐れて一人で背負い込んで。


「三菜子、どうすれば世界が救われるか、真剣に考える必要がありそうだ」


「キミにしては、珍しくやる気が出てるようだけど?」


「まさか。はっきり言って、僕は世界平和になんて興味がないね」


 たとえ世界が色とりどりの花が咲き乱れた桃源郷であっても、大切な人が死んだとき、全てが灰色に見える。叔父夫婦を失った、両親のように。

 反対に、戦闘しかなかった世界だったとしても、三菜子は希望を捨てなかった。いつか明るい世界になると信じて。

 世界が平和である指標なんて、人それぞれじゃないか。

 僕だって、南郷院を相手に「悲しみを乗り越えろ」なんて言うつもりはない。彼らだって必死だったろう。


 要は、「何もかもヒカルに背負わせるな」と。


 ヒカルは神様じゃないんだ。全ての人を救えはしない。


「最期の希望だなんて言われて、ヒカルは苦しんでる。根が優しいから真に受けてしまう」


 実際、彼らを救える手立てがある。それが南郷院に期待をさせ、ヒカルを苦しめる。


 何かがあるはずだ。

 ヒカルの重圧を散らす方法が。

 マニフィカトを絶滅させる手立てが。

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