口から生まれた女
翌日、託児所で助けた少年の親に会いに行く。新垣市立保育所の近くにあった。
「ごめんください」と、僕は挨拶をする。
若い主婦は、僕達を不審がっていた。少年が仲立ちをしてくれなければ通報されていただろう。
「それはどうも、ありがとうございます」
女性は暖かな微笑みを僕達に向ける。声をかけながら子供達を抱きしめた。
「ん?」
幼い兄妹二人の周りに、妙な物体が浮いている。
見間違いかと思い、目をこすった。間違いない。僕はこの物体に見覚えがある。
三菜子を問いただそうとした途端――。
「それで、お話があるとか」と、母親から話しかけられた。
「はい。実は……」
託児所が抱えている問題は? と言いかけて、言葉に詰まる。下手に勘ぐられたらおしまいだ。
「実は、現代社会の授業でレポートを作るんです。『認定こども園の抱える問題点』がテーマでして。是非、生のご意見をいただければと」
さすが、口から出任せ女である。三菜子は、スムーズに話を引き出した。
「そうなのよぉ。『今年中に幼稚園と保育園を統合します』っていきなり決定して。建設予定地が駅から遠いのよ。どうしようって思ってたのよ」
不満が鬱積していたのか、堰を切ったように、女性は語り出す。
口から出任せ女の面目躍如と言うべきか。
「保育所を取り壊すって言い出したのは、園長先生なのよ?」
「それはなぜですか?」
「クレーマーよ」
あの保育園が建つ前、住民の反対運動があった。
新垣保育所は、ビル街近くの空き地に無理矢理作ったらしい。アパートが密集している場所に建っている。駅に近いため、預ける親からは重宝された。とはいえ、住民への配慮は行き届いていない。子どもの泣き声が騒音呼ばわりされ、問題になっていたという。
「子ども達にストレスをぶつける事はなかったわ。だけど見るからにやつれていったの」
そこにこども園の話が来た。願ってもないと、取り壊しに調印してしまったという。
だったら、あのチンピラは? 子ども達は反対していたのか? 孤児院ならともかく託児所だ。場所が移っただけでどうなる訳でもないはず。
「えらく大げさな話になってきたな」
「異世界で陣地を取られた世界は、現実の世界にも影響を及ぼすのだよ。天使を追い払った今なら、地上げ屋の存在も薄れているはずだ」
主婦の話を聞きながら、僕と三菜子はヒソヒソと話し合う。
これで、六角の話と合致した。やはり園長先生は、天使に弱みを握られて天使化をしてしまったようだ。
「じゃあ、次は寄るところがあるから、ついてこい」
子ども達の母親と別れた後、三菜子と並んで次の目的地へ向かう。
ようやく、三菜子にさっきの現象を質問できる。
「あの子達にまとわりついていた物体だけど、あれ、シェーマじゃないか」
「彼らだけではないよ。あのとき助けた子どもら全員に、シェーマを取り付けた」
何の問題があるのだ、とでも言いたげに三菜子は肯定する。
やはりだ。あろう事か二人にシェーマがくっついていたのだ。
「どうしてそんなことを。あの子達は戦うわけではないのに」
「天使の動向を監視する為さ。あの事件は奥が深い」
絶対に、あのままで終わるはずがない。|泡沫の歯車(バブル・ギア)といった大物も逃がしている。
その為、シェーマによってパトロールさせているという。邪神ネクストブレイブは神格クラスのシェーマだ。それ故に、助けたシェーマを配下にできるらしい。
「ヒカルの【浄化】能力で戻ってきた精霊に、ワタシの霊磁力を与えたのだよ」
ヒカルには、天使化してしまったシェーマを浄化で元に戻せる力が備わっている。
「全てを助け出すことは不可能だったけどね」
三菜子の表情が重苦しい。
「けれど、よくそんな力が使えるよな」
「ワタシの能力を説明してなかったよね。ワタシが持つ属性は【付与】。人にワタシの力を分け与える事ができる。その気になれば、あの子ども達に戦う力を与える事だってね」
瀕死だった僕を助けたのも、霊磁力を付与されたからだという。
「よせ。いたずらに戦士を集める必要なんてないだろ」
「心得てるよ。子どもを戦に駆り出す気はないさ」
「当然だ。とても戦闘には役に立たん」
あんな小さな子どもが戦場に立つなんて、効率が悪すぎる。
「かつてワタシのいた星は、あの年頃の子どもでも戦場にいたけれどね」
「そうか。非効率すぎる星だな」と、僕は冷たく返す。
僕の物言いに対して、三菜子も責めない。
三菜子の境遇に僕は同情はしないし、きっと三菜子も求めていないだろう。
「実にキミらしい意見だね。本当は優しい人間なのにさ」
「からかうなよ。僕は本心で言っている」
「はいはい。そういうことにしておくよ」
「ところで、お前に見せたい地域があるんだ。ずっと忙しかったから、機会がなかったんだけど」
ちょうど、ここは例の場所に近い。三菜子に見せる絶好の機会だろう。
三菜子を連れてきた先は、新垣市の繁華街跡地だ。今では立ち入り禁止の柵が張られている。柵にはデジタル式のキーロックで厳重に施錠されていた。
「どういった場所なんだい、ここは?」
「タケルが行方不明になったポイントだ」
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