天使浄化後の、後遺症

「キミには、聞かなければならない事がたくさんある。ついてきてもらう」


 六角の腕を掴み、タケルはここから連れ出そうとしている。


「やめろ!」


 幼児の突き刺すような叫びが、タケルの手を止めた。


 二人の幼い兄妹が、タケルをキッと睨む。あれは、さっき助けた少年だ。


「この人は、僕たちをチンピラから逃がしてくれたんだから」


「ねえ、ぼくたち、その話は本当なの?」


 生徒指導教師がじゃがみこむ。子供たちと目線を同じ高さになって、優しく問いかける。


 少年は力強く「はい」と答えた。


 僕は腑に落ちない。彼らを襲っていたのは天使のはずだ。


「異世界といえど、天使は普通の人間にはあのままの姿に映らない。潜在的恐怖の存在として具現化するんだよ」


 なら、あの兄妹には天使がチンピラに見えたのだろう。


「これで分かったか? 六角祐紀は不良なんかじゃない」


 僕はタケルの肩を掴んだ。


「部外者の貴様に、何がわかるっていうんだ?」


 タケルの態度は、とりつく島もない。


「余計なことを言うな。悪く思われるのには慣れてるさ」と、六角は卑屈になって言う。


「いいや、言わせてもらう。お前が学校に通うかどうかは、お前の判断に任せるが、誤解されているままでは助けた意味がない」


 僕は、どうして六角がこの託児施設を守っていたのか、ロクサーヌから事情を聞いたのだ。


 六角は、この託児所に住む子供たちをマニフィカトから守るため、戦っていたのである。


「少年の証言だけでは、不満か?」


「信用できん。六角祐紀はどうして学校休んでまで、保育所の維持にこだわる? 行政に任せればいいだけの話だろ。個人で解決できる問題ではないのに」


 生徒会長としての立場なのか、けじめを付けろとタケルは言う。


「だったら、時間をくれ。何か事情があるんだ。六角が学校に通うよう説得してみる」


「生徒会にできなかったことを、どうして貴様ができると断定できるんだ?」


「できる。お前のように無理矢理考えを押しつける方法ではなく、自主的にな」


「会長に向かってお前とは何ですか!」


 生徒会の一人が僕にすごむ。


 僕はまったく意に介さない。生徒会なんて怖くないから。


 タケルが、メンバーを制する。


 その時、暴漢の集団が、僕たちに近づいてきた。また、僕たちに因縁を付ける気か?


「も……」


 暴漢のリーダーが、六角に向けて口を開く。


「も、申し訳ございませんでしたぁ!」


 何を考えているのか、リーダー並び、その他の暴漢たちが、六角や生徒会に向かって、土下座をしたのである。


「何の真似だ、これは?」


「天使が剥がれ落ちた影響だ」


 天使に身体を乗っ取られていた人間は、天使が身体から消滅すると、それまで抱えていた悪意や殺意などを、浄化されるという。


「でも意外だ。通常、天使に長い時間寄生されると元に戻れないはずだけど」


 不可能のはずの事が起こり、三菜子は状況を把握できていない。


『せやけど、ヒカルはそんな状態の人間すら、浄化できるんや。それだけやない。ヒカルの炎に灼かれたマニフィカトは、女神の精霊に転生するねん。この力は、ヒカルにしか宿ってへん』


 頭に直接、アイヤネンが語りかけてくる。


 そうか。躍起になってマニフィカトが排除したがるわけだ。


「とある方から、託児所から子供たちを拉致しろと命令を受けて」


 半グレリーダーが、事情を語りだす。


「誰からだ?」と、タケルが尋ねた。


「お前たちには、まだ上に司令役がいるのか? 暴力団とか」


 暴漢たちは首を振る。「頭から、直接声が聞こえただけだ」と、言い張った。


「それじゃあ、説明にならないわ」


 事情を知らない生徒指導の先生は、意味不明な発言に苛立ちを隠さない。


「顔は見たことはないのか?」


 僕が尋ねると、暴漢たちは全員、首を縦に振った。


「今も、その声というのは聞こえるのか?」


「いいえ。もう聞こえなくなりました。どの道、取り壊されるからかな?」


 結構前から、この保育所は取り壊しが決まっているらしい。どのみち、子どもたちとこの保健所との別れは避けられなかったようだ。


 事情をすべて聞き終えた辺りで、ちょうどよくパトカーが停まる。


「分かった。お迎えがきたぞ。行け」


 暴漢共は、警察に連行されていった。


「子供たちの引受先も探そう。六角、それで文句ないな?」


 僕が話を振ると、六角は目を鋭くする。


「テメエ、何のつもりだよ。オレはお前らを殺そうと」


「それはシェーマが暴走して引き起こした現象だ。お前にそんな気はなかっただろ?」


 また、六角の舌打ちが飛ぶ。だが、僕たちに向けてではない。自分の甘さに苛立っている気がする。


「タケル、この場は退け」


「何を?」


「おまえの言葉は一方的すぎる。そんなんじゃ、頑なな六角の気持ちは掴めない」


 一瞬、タケルは不快な顔をした。しかし、すぐに表情を冷たくする。


「六角が抱えている事情さえ分かれば、対策は練れる。今この場でこいつを更生させようとも、同じ事の繰り返しになる。この場は僕に預けてくれないか?」


「素人に何ができる?」


「威圧的に解決するよりはマシだ」


 僕が言うと、タケルは「勝手にしろ」と、学校へと引き返す。


 ヒカルはついて行こうとしない。少女の方に寄り添い。肩を抱いてやっている。


「ぼくに、ぼくにもっと力があれば」


 少年の腕には、おもちゃのブレスレットがはめられている。それにすがるように、少年はブツブツと呟いていた。


 力か。あってもしょうがないものだがな。

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