南郷院タケル


 放たれたのは、一降りの白鞘だ。一見すると木刀に見えるが、頑丈そうな刃が備わっている。実体を持った刃ではなく、光線で構成されている。


 光で作られた刃も、持ち主も、凶悪なまでの正義を主張していた。


 タケルの閃光によって、天使達が天に召されていく。その表情は、ヒカルの時と違って暗い。まるで、無理矢理に成仏させられているかのようだ。


 妹は浄化して味方に付けるのに、兄は無理矢理天に帰す。同じ兄妹なのに、能力がまるで違う。


「あの刀、ソードレイ自体がシェーマとな?」


『あれがタケルのシェーマ、【氷柱刀つららとう 雪風】や。その正体は雪の精霊や。それが集まって、鋭い白鞘の刃になっとる。小さすぎて、誰にも見えへん』


 僕達の周りに、粉雪のような光が降り注ぐ。マニフィカトたちの残骸だと、すぐに分かった。絶望をまき散らす天使たちを、一筋の刃が粉々に切り刻んだのである。


「南郷院タケル。あいつも、シェーマを持つ者だったのか」


『せや。南郷院は代々、女神イースタルテと契約しとるんや』


 懐かしい者を見るような瞳で、アイヤネンはタケルを見つめた。


「噂には聞いていたけど、やるね」


 予想外と言った様子で、泡沫の歯車も、タケルの戦う様を伺う。自分の腕が浄化される様を、他人事のように眺めていた。肘から先を失い、清らかな光を放つ腕を、自分の手刀で切り落とす。切断した腕を、歯車はゴミを捨てるように蹴り放った。


 斬られた腕が、空中で霧散する。


「自分の腕を切り捨てた?」


「こんなの、傷のうちには入らないよ」


 歯車の傷口から、銀色の液体が漏れ出す。液体は形状記憶合金のように蠢き、歯車の腕へと変わった。


「腕が元通りになったぞ!」


 歯車は、「何を驚いてるんだ?」という様子で首をかしげる。


「さすがにこの人数は、ボクでも骨が折れるな。この場は退散することにしようかな――そんじゃあ、神のご加護があらんことを」


 最大限の皮肉を放ち、将軍クラスの天使は消えていく。


「待て!」とタケルがまた居合いを放つ。


 だが、攻撃する直前に天使の群れに妨害された。


 道を塞いでいた天使たちが、光の粒子となって消滅する。


「おのれ、また逃がしたか」


 刀を白鞘に収め、タケルがホゾを噛む。


「おい、人に取り憑いたマニフィカトって、外の世界に出てしまうんじゃなかったか?」


「平気だ。あのマニフィカトは完全ではなかったからね」


 僕が懸念していると、三菜子が返してきた。


「あれだけ強いのに、実体化できていないのか」


『強いから、できへんのや』


 天使の強さが高すぎると、実体化にも時間が掛かるらしい。特に、【泡沫の歯車】の実体は、人間数体を犠牲にした程度では、力を取り戻せないという。それこそ、都市丸ごとを吸収するくらいでないと。かなり慎重なタイプのマニフィカトのようだ。


「泡沫の歯車は、天使の大将だ。俺たちは、あいつを何年も追い続けていた。無数の配下に妨害され、尻尾を掴めずにいたのだが」


 悔しさを隠さず、タケルが拳を叩く。


 泡沫の歯車は、現段階で最も危険なマニフィカトだという。天使が崇める神を復活させようと、人を襲い続けているらしい。


「聞いた事があるか、三菜子?」


「おそらく、【機械神】の送り込んだ腹心だね。機械神自体はワタシと相打ちになった。その代わりに、機械神は強い天使に、自身の力を分け与えたんだ。現段階では、あの天使が日本での実働部隊らしいね」


 ヒカルが使った浄化の力によって、倒した天使たちが、姿を変えていく。


「こいつらは?」


「この辺りを荒らし回っていた、チンピラだ。集めた不良に【闇バイト】をさせて、落書きなどの迷惑行為をさせていたんだ。六角祐紀が守るこども園と関係していたと睨んで、警戒していた」


 水面に水滴が落ちたかのように、世界の輪郭が揺らぐ。かと思えば、元の世界に戻る。


 複数の足音が向かってきた。生徒指導の先生を先頭に、どんどん近づいてくる。


「いたわ、こっちよ!」


 この場所を生徒指導の先生が指し示す。


 先生の後ろから、生徒会の面々が集まってきた。生徒会のメンバーが、六角を取り囲む。生徒指導の先生が、前に出る。


 僕が交戦の意思を示そうとした。


 タケルが手で僕を制する。


「心配ない。彼らは、マニフィカトの事件とは関係ない」


 安堵して、僕は武器を取り出そうと振り上げた手を下ろす。


「人が倒れているぞ!」と、生徒の一人が、グラウンドを指さしている。


 茶色いスーツ姿の男性が、グラウンドの中央で倒れていた。かろうじて息はしているが、意識がない。


「施設の園長だ。すまないが、救急車を呼んでくれ」


 タケルの指示に従い、生徒たちがスマホで一一九番をかける。


 園長先生は、救急車に乗せられた。


 数名の生徒会メンバーも付き添う。


 騒動が一息ついた後、生徒指導の女教師が、六角に強い眼差しをぶつけてきた。


「六角祐紀さん、どうして私たちが君に会いに来たか、わかってるわね?」


 ただならぬ空気だ。六角が何をしたというのか。


 舌打ちをするだけで、六角は立ち上がろうともしない。僕やマニフィカトとの戦いで、まだ立ち上がれないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る