鈴の音の一迅

「誰だ! どこにいる!」


 周囲を見渡す。だが、どこにも姿が見えない。霊磁力だけがビリビリと迫ってきているのに。


「隠れてないで出てこい!」


 原因は、唐突に自ら姿を現した。


「お望み通り、出てきてあげたけど?」


 機械の残骸としか言い様がない大量のスクラップが、僕達の前に降り注ぐ。ゴミの雨は一点に集まり、人の形を取った。


「うーん、あんまりこの姿は好きじゃないんだけどね」


 全身が、シャボン玉のようにテラテラとした光沢を映す。


 人型は人間のように、腕や脚を曲げ伸ばしして、体組織の構成を確認する。二メートルを超えた天使は、最後に翼の部分を広げた。ジェット噴射のような炎のブーストが、翼の形を取る。


 敵の放出するすさまじい霊磁力に、僕達は近づくことさえできない。三人がかりで倒せるかどうかすらも。


「何者だ?」


 こちらの存在にやっと気づいたかのように、機械の人型模型はこちらに視線を向けた。目の位置に装着されている丸いスコープが、緑色の光を放つ。


「ボクの名は、泡沫の歯車バブル・ギア。マニフィカトの神、【機械神】から指示を受け、この地に舞い降りたのさ」


 悪意と敵意の混ざった霊磁力が、僕達に向けられる。


「何者だ、あいつは」


「ここの園長だ」


 吐き捨てるように、六角が口を開く。


 子供達を守る立場にいる人物が、子供を襲う側に回るとは。


「この保育所は立ち退き要求を受けていてな。それで園長が絶望して、マニフィカトに飲み込まれた」


 事情を知りつつ、僕は歯がみする。いくら辛いからと言って、天使につけこまれるなど。


「それが奴らの企みだ。弱い人間につけ込んで迷わせる。天使は、人の心を内側から食い破るのさ」


 許せん。弱った人間をそそのかし、年端もいかぬ弱い物をいたぶるなんて。


「奴らに目に物を言わせてやろう。三菜子」


「面白いことを言うね。じゃあ、コイツらで遊んであげよう」


 泡沫の歯車が指を鳴らす。


 空が一瞬で、銀色に染まる。金属質の天使が、空を覆い尽くしたのだ。


『大量のマニフィカトや!』


「こっちも本気でいくよ、アイちゃん!」


 ヒカルが、ステッキを天に掲げた。今度はためらいなく。全身が桜色の炎に包まれる。両手を大きく振ると、ファンシーだったドレスは焼け落ちた。炎そのものを生地にしたような衣装へと変形する。聖なる炎がスカートのように揺らめく。デフォルメの翼が、リアルな鳥の翼へと変わっている。


 一番変わったのは武器だ。目算で三〇センチくらいの長さだった棒が、人の背丈ほどに伸びる。先端の飾りも、ドラム缶サイズの槌へ。表面にはハートマークの模様が描かれている。


 あれが、ヒカルの第二形態か。まるで女神が舞い降りたような神々しさだ。武器が

『ピコピコハンマー』であることを除けば。


 桜色に灼熱の翼を携え、ヒカルが空高く羽ばたく。その姿は、まさに不死鳥を思わせる。


 ヒカルがハンマーの先端を突き出す。膨大な霊磁力が、ハンマーに流れ込む。ヒカルは霊磁力を練り込んで、異様な大きさのハートを放出した。


 射出されたハート弾は、ヒカルの前でフヨフヨと浮かぶ。


『いてまえ、ヒカル!』


 肩に乗っていたアイヤネンが、ハンマーに吸収される。ハンマーの両サイドが輝きを放ち、ニワトリの翼が羽ばたく。


 ヒカルが、ハンマーをバッティングフォームで構える。


「愛は、燃え尽きない! コスモ・デピュレーション!」


 霊磁力で作り上げたハート型の帚星を、ヒカルがスイング気味にハンマーでぶん殴る。


 ハート型の火炎弾が、天使の群れを巻き込む。


 空を覆うほど湧いていた天使達が、桜色のハートに灼かれて浄化していく。マニフィカトは改心して、ヒカルを慕う精霊と化す。


 銀一色だった上空に、ハートの穴がいくつも開く。


「なんだ、あの力は」


 これが、ヒカルの本気だと。キレたヒカルは、ここまでの力を発揮するのか。


「へえ、これが浄化の炎か。これは排除対象だね」


 泡沫の歯車が、ヒカルの力を賞賛する。


「もう、一発……」


 ヒカルがまたドラム缶ハンマーを振り上げようとした。が、肩に力が入らないのか、ハンマーを下げてしまう。


『アカン。消耗しすぎや。あれだけのマニフィカトを全滅させただけでも上等や』


「でも、まだ敵がいつのに」


 しかし、ヒカルの力を持ってしても、大量のマニフィカトを消滅させるにとどまった。ヒカル自身の息も上がっている。泡沫の歯車を打倒するには、力が足りていない。


「下がれヒカル。僕が相手になる!」


 僕も応戦しようとした。が、僕と三菜子が二人に別れてしまう。


「く、変身が!」


 僕達もパワー切れだ。変身の影響で力が抜けていく。このままでは……。


「さすがの邪神様も、まだ力が戻っていないみたいだね。今のうちに」


 更に空が錆色に濁った。再び、天使達が集まってきたのだ。


『まだ来るんかいな!?』


「絶望は続くんだよ。もっとも、君たちがそれを見る機会はないけどね」


 歯車の魔の手が、僕達に迫る。


「三郎くん!」


 ヒカルが僕の方へ手を伸ばす。しかし、間に合わない。




 燦……という音が、空を切り裂く。


 斬、などという生々しい擬音ではない。スバッ、といった幼稚なオノマトペとも違う。



 雪色をした刃が、静かに煌めいた。刹那、燦と音を鳴らし、空に日の光が差し込んだ。


 僕は、目映い光が空を切り裂く「音を聞いた」のだろう。


 歯車の手甲が、光の刃に切り飛ばされた。


 銀色の空を切り裂いた人物が、僕達の前に降り立つ。


「南郷院、タケル」


「お兄ちゃん」


 ヒカルの言葉に振り返ったのは、実の兄、南郷院タケルである。

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