天使化を阻止せよ 変身第二段階

「どうしても、もう一段階変身しないとダメ? 今のままでも、浄化できないのかな?」


 ヒカルの肩の上で、卵形のニワトリは首を振る。


『浄化能力自体は少しで済みそうや。せやけど、素直に当たってはくれへん。戦わせて弱らせなあかんやろな。今のあいつは暴走しとる。もうすぐマニフィカトと同類になってまう。あいつのためにも、倒さなあかんねん』


「そんな……」


 何度もアイヤネンが説得するが、ヒカルは頑なに六角の浄化を拒む。


「もういい、わかった。お前が行けないなら、僕が行く」


 ヒカルを押しのけ、僕は前に出た。ヒカルがためらうなら、僕がやるしかない。


「おい三菜子、こちらも変身できるんだよな。なら、やるぞ」


「構わないよ。でも、いいのかい?」


 なぜか、こちらに問いかけるような口調を、三菜子が発する。


「いいのかって言われても、このままじゃ勝てない」


 ヒカルに振り返った。


 どうせ僕には、殺すことしかできない。どうしても、ヒカルが頼りになってくる。


「奴は僕が弱らせる。その後にヒカル、お前が浄化するんだ」


 僕には、六角を浄化する理由も殺す動機もない。ならば、浄化して味方に付ける方が利口だ。


「どうして言ってくれなかったんだ?」


「理由は、変身しないと分からないけど」


「だったら、三菜子。変身するぞ」


「何遍も問いかけるよ。心の準備はいいかい?」


「どうでもいいから変身しろ!」


 一度でいい。自分の全力を試したいのだ。どこまでやれるのか、ヒカルより強いのか。


 天を突くように、三菜子が右手で天を突く。


「どうなっても知らないぞ。真似をして」


 僕は指示通り、手を高々と挙げる。


 三菜子の身体が発光した。蒼い光の粒子となって、三菜子だった物質が分裂する。


「三菜子!?」


 まさか、自分が死んでしまうから、三菜子は僕に真相を伝えなかったのか? 僕が気にしてしまうから。短いつきあいだったとはいえ僕の半身だ。気にもするが。


『慌てるなよ、三郎』


 三菜子の声が聞こえた。死んだわけではないようだ。


 とはいえ、大丈夫なのか? 身体が保てるとは思えないが。


『少し、くすぐったいよ』


「え!? なんだ? なんなんだ一体?」


 困惑していると、粒子が僕の身体に吸収されていった。三菜子の意識が僕の中に入り込む。三菜子の記憶、三菜子の体温、三菜子の霊磁力が、僕の脳を満たす。代わりに僕の意識が吹き飛びそうだ。アイデンティティが喪失してしまう恐怖に襲われる。


 身体の内側から、力が吹き出すのが分かる。皮膚を突き破られるような感覚だ。痛みより痒みが勝つ。言うなれば、脱皮を始めた蝶を想像した。


 紫色の光が僕を包み込んだ。抵抗しようにも、自分から発光しているらしく、止められない。ますます、自分という存在が希薄になりそうだ。


「ぬああああ!」


 まばゆい光が弾けた。


『なんや、何が起こったんや?』


 光が溶けると、僕は紫色のピッチリとしたスーツに身を包んでいた。生地はタイツのようで、全身を覆っている割に通気性は良い。エナメルやラテックスなら服の中は汗まみれだったろう。


 体中を改める。何も変わっていない。むしろ縮んだ? 胸が突き出ているのは胸筋なのか。その割には柔らかすぎる気が。


 そろりとヒカルが近づき、僕をマジマジと見つめている。


「大丈夫? 三郎く、ん?」


 ヒカルの様子がおかしい。僕の顔を見ながら、何度も首をかしげているのだ。まるで、目の前にいるのが僕だと認識していないみたいに。


「一応、大丈夫だと思うが?」と、疑問系で返事してしまう。声も、幾分か幼くなった気がしたからだ。まるで三菜子の声にそっくりだ。


「お、おい。これはどういう」


 ノドを押さえながら、もう一度声を出す。だが、何も変わらない。


「あの、えっと、三郎くん、だよね?」


 信じられないといった様子で、ヒカルが僕を見つめていた。


「いかにも、僕は山田三郎だ。けど……うっ? うん! あー、あー、あー」


 ノドを鳴らし発声練習をする。しかし、女の声が出てきた。三菜子によく似た声が。


「そ、そんな。まさか」


 自身を触診しながら、再び確認した。間違いない。僕は女性の身体になっている。


「思っているとおりで、間違いないよ。ほら」


 腰に取り付けられたポーチから、ヒカルがコンパクトを取り出す。指で押し込み、パカッと開いた。


 僕は、コンパクトの鏡を覗き込む。


「なんだこれはあああああ!」


 頭を抱え、僕は絶叫する。



 なんと、僕の顔は三菜子になっていた。

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