変身、マジカルエスト

 形こそ違えど、シェーマと契約した証が、六角の手には刻まれている。 


「そうだ。しかも、制御できていないようだね。力に振り回されてる」


 三菜子ですら警戒する程の力が波打つ。視認も体感もできるほどに。


「一年C組、六角ろっかく 祐紀ゆうきさん。そ、そのシェーマを手放して下さい!」


 六角祐紀とは、この地域でも札付きのワルだ。


 中間テストの結果が書かれた掲示板にも、「全教科欠席のため、再テスト」と、一人だけ名前が挙がっていた。隣のクラスだから、どんな奴なのかはちゃんと見たことがない。


 六角は汗をダラダラかいている。なのに、六角は歯をガタガタと震わせていた。寒がっているのではない。何かに怯えているのだ。


「あ、あなたにシェーマの力は危険すぎます! 正式な契約をしていない人が、無理矢理シェーマを扱えばどうな――」


「……うるっせねえなあ!」


 苛立ちが最高潮に達したような声音で、六角が凄んだ。中性的な顔立ちによく合う、透き通った声。


「ひっ」と、ヒカルが飛び退く。ヒカルは自分の家族や僕といるときは普通に会話できるのだが、僕以外の人が相手だと借りてきた猫のようになるのだ。


 さっきまでの震えが消えている。胸を反らしながら立ち上がり、首を軽く鳴らす。身体の線は細いが、がっしりした印象である。


「どうでもいいんだよ。死にたいのはどっちだ?」


 突然、六角が身体を捻る。左足を軸に、バレエの回転をする。小さな身体なのに、しなやかな足腰で、手足が長い。


 ダンッ、と力強く地面を踏む。指を弾いたような音が、異界に轟く。


『あらあ、また新しいお客様なのね?』


 六角の左隣に、アフロヘアのテナガザルが姿を現した。背丈が膝くらいしかない小さな猿が羽織っているのは、ヒョウ柄のパーカーだ。

 オスなのだがバレリーナのようなチュチュを身につけていて、踊りを披露し始める。蛇皮製のストッキングに包んだ腿の筋肉を見せつけるように。どうにも直視できない見た目だ。

 まるで、大阪のオバチャンのような。


「コイツが、六角のシェーマか」


 六角の操るシェーマには、微妙な既視感があった。僕は記憶をたぐり寄せる。


「三郎、あいつ……」と、邪神の小さな手が、僕の袖を引く。


 ようやく、三菜子が言おうとしていた事が分かった。


 この間、ヒカルがマニフィカトの状態から浄化したシェーマだ。


『あれは、ヌエの化身やな』


 鵺(ヌエ)とは、猿の頭を持ち、虎の胴体と蛇の尻尾を持つ妖怪である。その鳴き声は、不幸や病気を呼ぶという。


 動きが読み取れない。相手は殺気立っているが、攻撃の気配まで感じ取れないのだ。


「なんなら二人で掛かってこいよ。別に構わないんだぜ!」


 不意に、六角が脚を高々と上げた。僕とヒカルの間に脚を振り下ろす。カカト落としで床を砕く。かと思えば、地面に左足をつき、踏み抜いた脚を上げた。


 何が来る……?


 不安を感じつつも、僕は相手の出方を待ち構えた。


「逃げろ山田、ヒカル!」


 三菜子の声に反応して、僕はヒカルを突き飛ばす。


「きゃん」と、ヒカルがグラウンドに倒れ込む。


 ヒカルの肩に乗っていたアイヤネンも落っこちた。土に顔面からダイブ。


 同時に、六角が脚を広げた。風圧が起こるくらいの、強烈な蹴りだ。


 裾の上がわずかに切れている。飛び退くのが遅かったら、腹から下が胴体とオサラバしていただろう。


『痛いやんけ!』


 アイヤネンが、顔を拭きながら喚く。


 だが、背後の三菜子が叫んでくれなければ、サイドキックの餌食になっていただろう。


『こりゃアカン。ヒカル、こっちも変身や!』


 神獣アイヤネンの言葉に、ヒカルは「うん」と首を振る。フワリと、身体が宙に浮かんだ。ピンク色の光が、辺りを包み込む。


「なあっ!?」


 その瞬間、僕はとっさに目を覆った。


 ヒカルの服が一瞬で弾け飛んだせいだ。

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