第三章 邪神とオレ女後輩

三奈子の世界

 僕らがマニフィカト退治に精を出すようになって、もう一週間になる。


 倒しても倒しても、奴らはゴキブリのように湧いてきた。それでも倒さなければ、人々の心が汚染され、そこからまた天使が増殖を繰り返す。


 三菜子が言うには、「大本を倒さないと、根本的な絶滅には至らない」という。


 しかし、大本なんてどこにいるのか。


 三菜子は探していると言うが、一向に成果は上がらない。


 今日も、朝早くからマニフィカト退治に勤しむ。


 毎朝見かける犬の砂かけも、今となっては「テリトリーを守る」行為に思えてならない。


《異界》に入り込むと、早くも天使共を発見した。


 数が多すぎて、うんざりする。テリトリーを広げて天使の侵攻を阻止しても、別の地域から現れてまたこちらに侵攻を始めてくる。その繰り返し。まさにイタチごっこだ。


 ソードレイを上空に放り投げた。ヘリコプターの羽みたく、銃剣が旋回する。


「黒の嘶き!」


 手に作り上げた黒雷を、回転するソードレイに向けて放つ。


 ソードレイに弾かれ、雷が異形の天使に向けて弾け散る。


 大量の異形が、雷に灼かれて消し炭になった。


 強力なマニフィカトを倒すほど、三菜子の力も戻っていくのは分かった。


「こんなものか」


「見事だよ三郎。短期間でソードレイの使い方を覚えてきたじゃないか」


 三菜子は賞賛するが、言うなれば現実から段々と乖離している訳だ。嬉しくない。


 街並みがうねり、消えていく。入れ替わるように、新たな世界が浮かび上がってくる。


「これは?」


「さっきのマニフィカトを倒したことで、ワタシも世界を取り戻せたのだよ」


 そういえば、この間は結局、ヒカルが全部やっつけてしまった。


 僕は何もしていない。つまり、まだ三菜子の世界は再構成されていなかった。


「……これが、お前の世界か?」


 何もないじゃないか。


 最初に感じた印象は、それだ。無機質。機械が剥き出しになったビルが目立つ。どこにも、人の姿はない。ヒカルの世界に出てきた精霊の気配も。


 無人の街、マニフィカトによって滅ぼされた、三菜子の世界を僕は見せつけられた。


「えらく寂しいな。これが、本当に三菜子が取り戻したい世界なのか?」


「これでも、ワタシにとっては大切な世界なのだよ」


 こんな世界を、三菜子は守ろうとしていたのか。


「世界が戻れば、人々も戻るかも知れない」


 やりきれない気持ちで、僕は三菜子の言葉を受け止める。


 三菜子には三菜子の事情があるのだ。僕が口出しをすべきではない。僕は彼女の分身だ。世界をどうするのかの選択は、彼女にある。


「困惑しているのかい? 救う価値などない世界だと思ってる?」


「お前が事務的に世界を救っていたことだけは、よく分かった」


「正直な感想だねぇ」


 特に怒る事もなく、三菜子は僕の皮肉を受け止める。


 事実、三菜子が本当に平和を求めているのかを、僕は判断しかねていた。敵を排除するために戦っているのではないかと。その後のことは考えていないのではないか、とさえ。


「お前の世界には、シェーマもいないんだな」


「いるよ、ほらそこに」


 三菜子が指差す岩陰に、バチバチッと静電気が走った。セーターに着く毛玉のようだが、よく見ると、点と線のような目鼻パーツがある。これは、精霊だ。あまりにも小さくて、よく分からなかった。


「うん。小さいながらもしっかり生きてるね。待っててくれたまえ。いつか領土を拡大し、更に天使を倒す力を手に入れよう」


 三菜子が宣言すると、雷の粒は一瞬だけ、強烈に煌めいた。


「前言を撤回するよ。お前は義務なんかで戦ってない」


「分かってくれて嬉しいよ」


 世界の変革を見届けた後、登校を再開する。



「ん?」


 再び歩き出そうとすると、商店街から言い争う声が。


 気になって見てみると、紫のパーカーを着た小柄な少年が、書店員ともみ合っていた。少年の手には、スプレー缶が握られている。


 書店員が、少年を落書きの犯人と思ったらしい。


「だから、オレじゃねえって!」


「じゃあ、どうしてカラースプレーを持ってるんだ?」


「拾っただけだ! やったのはアイツらだよ! オレがぶっ飛ばしたんだ!」


 たしかに、少年の側には、数名の若者が転がっていた。気絶しているようだ。


 まだいたのか。


「制服からして、うちの生徒だな」


「そうだね。自分をオレって言っているけど、女子の制服を着ている」


 少年だと思っていたら、少女だった。

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