大胆な告白は、邪神の特権

 僕は断固として、ヒカルの申し出を断った。


「どうしてなの、三郎くん?」


「人に従う気はないからだ。僕は僕のペースでマニフィカトを退治する」


 店を出ると、ヒカルの鞄がぶるぶると震え出す。


「ごめん、電話だ」


 スマホを鞄から出して、ヒカルが電話に出る。


「あ、お母さん? 大丈夫、今、三郎君と一緒。うん。ご飯? 食べる食べる」


 スマホを切って、ヒカルは僕達に向き直った。


「南郷院か?」


 家の名前を出すと、「うん」と、ヒカルは嬉しそうに肯定する。


「迎えにこようか、だって。平気だから、って断った」


『心配性やなぁ。いくらヒカルがええ女やからって』


 冗談と本気を混ぜ込んで、アイヤネンが茶化す。


「僕がお前を送るのは、断らないんだな?」


「だって、三郎くんは、さ……」


 ヒカルはなぜか、身体をモジモジとさせた。


「僕なら、危なくないって思ってるのか?」


 嫌みの一つでも言ってやろう、そんな気持ちから出た言葉だ。


「そう、だね。そういう意味では、さ」


 どういう訳か、ヒカルの返答はどこかぎこちない。


 じゃあ、とヒカルは手を振って、自宅の門へ入ろうとする。


 ヒカルの意識から、自分の存在がはみ出してしまった気分だ。


 さっきの態度は何だ。まるで足手まといだとでも言いたげに。一緒に歩いても怖くないなんて。そんなに僕は頼りないのか? 僕なしでも天使に勝てるとでも?


 ヒカルは僕なんか眼中にないんだ。僕なんか、いらないって。


 ずっと戦ってきたから、自分の方がマニフィカト対策は万全なのだと。自分がいるから、南郷院が世界を守っているから、何も心配はいらないと考えているのか。


 無性に腹が立ってきた。屈折した感情が僕を包む。その瞬間、僕の中でいいアイデアが浮かんだ。


「待て、南郷院ヒカル! 僕は決めたぞ!」


 一大決心をした僕は、ヒカルを呼び止める。


「な、何を決めたの?」


 声をかけられ、ヒカルが気をつけをした。


「マニフィカト共を一匹残らず消し去ってやる。僕の手で!」


「ほう、やってくれるのかい? あれだけ嫌がっていたのに?」


 嬉々として尋ねてくる三菜子に、「ああ」と、僕は頷きで返す。


「そしてヒカル、魔法少女をやめさせる!」


 僕が言うと、ヒカルは目を大きく見開く。


「恒久的な平和なんて、僕には作れない。争いのない世界にするなんて、大それていて無責任すぎる。そんな約束はできない。ただ、マニフィカトを殲滅することはできる。だから僕は、お前が一人で頑張らなくてもいい世界を作ってみせる!」


 僕が宣言すると、またもヒカルが驚きの様子を浮かべた。


「お前だって、魔法少女は生きがいだ、なんて思ってなかろう? マニフィカト退治が趣味レベルになっているはずはない」


 確認として問いかけると、ヒカルは「そうだよ」と言う。「世界が平和になったらいいなって、ずっと思ってる。でも、できれば戦い以外の解決法がいいなあって」


「だったら、僕があの邪悪な天使共を絶滅させてやる。近いうちに」


「ありがとう。でも、どうして急にそんな事、言うの?」


 それは、シンプルな答えだ。


「お前に、僕だけを見て欲しいからだ!」


「~~~~っ!?」


 ボンッ、という音が聞こえてきそうなほど、ヒカルは赤面した。夕焼け空でもハッキリ分かるほど。


『お前マジかいな? こんな窮地に大胆発言しおって』


 何も照れることはないじゃない。自分の存在感をアピールしているだけ。


 三菜子はかつて、神としてマニフィカトと戦ってきた。いつ果てることのない戦いに身を投じ、あげくに邪悪な神とそそのかされてその身を分断したのだ。


 彼女の分身である僕の方こそ、マニフィカト撃退のスペシャリストである。


「お前は下がっていろ。僕が守ってやる」


 爽快だ。これで僕は、ヒカルより優位に立てるだろう。


 言いたいことは言った。帰るか。


「う、うええええ……」


 唐突に、ヒカルが大泣きした。あろうことか僕を抱きしめる。


「おいおいおい、何なのだ南郷院ヒカル!?」


 あまりの出来事に、僕は取り乱す。


 いやいやをするように、ヒカルは僕の肩に、自分の目を押しつける。


「わかんない! わかんないけど、嬉しくて……」


 助けを求め、僕は隣の三菜子に目配せした。こういう時は、同じ女子を頼るに限る。


 だが、三菜子はこちらに目すら合わせようとしない。


「なんとかしろ、三菜子。同性だろ?」


「自業自得だよ。こればっかりはアドバイスのしようがないね」


 結局、五分ほど泣き続けて、ヒカルは落ち着いた。今度こそ、泣き疲れた脚で家路へ向かう。


「まったく、キミらを見てると疲れるよ。飽きないけど」


 疲れたのはこっちだ。まったく。

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