邪神少女の本気

「三菜子、ありったけの力をくれないか?」


「承知したよ。ただし、力に振り回されないでおくれ」


 いつの間にか、三菜子は僕の背中にいた。三菜子が僕の背に手をかざす。


 三菜子の霊磁力が、僕の全身を駆け巡った。さっきまでとは比較にならないほどの力が。


 人差し指を天に向けると、さっきの数倍も大きな黒雲が大量に集まってきた。


「なんなの、この力は……」


 猛禽が後ずさりする。目を泳がせ、手足を震わせ、まともに発声すらできていない。


 力が溢れすぎて、紫色の電撃が僕を取り囲む。あれだけ恐ろしかった猛禽の霊磁力が、今では実に弱々しく思える。


「こ、これはマズいわ。やられる前に殺る!」


 あまりの恐怖に圧倒されてか、猛禽は突撃してきた。だが、動きに精彩を欠いている。


 いや、僕が強くなりすぎたんだ。


 早いと感じていた猛禽の動きが、スローモーションのように見える。


 脚を動かさず、体捌きだけで受け流す。同時に、猛禽の頭を掴む。


『神の怒りを浴びて消滅せよ、罪深き天使よ。黒の……嘶きぃ!』


 最後に見た猛禽の目は、戦慄に見開いていた。


 黒雷を浴びた猛禽天使の断末魔が、雷鳴にかき消される。


「たかが人間に――」


 黒い雷撃に灼かれ、猛禽は黒い灰と化した。


「す、すごい」と、ヒカルがつぶやく。


「これが、三郎くんの力なの?」


 とんでもない。僕は首を横に振った。


「これは三菜子の力だよ。僕なんてあいつに傷一つ付けられなかった」


 三菜子ならいざ知らず、天使を倒したとて、僕に歓喜の情は湧かない。厄介ごとを排除した程度の認識である。本当なら、積極的に関わり合おうなんて思わない。


「ワタシとキミは一心同体だよ?」


 三菜子はそう思ってるかも知れないが、その考えは驕りを生む。僕はただの人間だ。心のどこかで思っていなければ。


「まだよ、まだああああ!」


 瓦礫の中から、真っ黒けの影が起き上がってきた。すさまじい殺意と共に。


 あいつは、さっき戦ったキメラ型の天使だ。殺しきれていなかったのか。


「ヒカル、避け……」


 僕が口を開き駆けた瞬間、ヒカルはステッキを僕達に向けてきた。もう、襲撃が分かっていたかと思わせる動作の速さだ。ビー玉くらいに小さい桜色の粒子が、ステッキの先端に収束されていく。粒子は巨大なハートを形取った。人が一人くらい軽く入れるくらいの大きさに。たった、数秒の出来事だ。


「伏せて三郎くん! 宇宙大破壊コスモ・デバステーション!」


 ヒカルが声を張り上げた。視線は、僕達の背後を向いている。


 桜色の粒子がハート型の弾丸に姿を変え、ステッキの先端から射出された。勢いよく放出されたハート弾丸が、僕達の顔の横をすり抜ける。



 とっさに、僕は振り返った。


 ギイ、と悲鳴が上がる。ハート型の弾が、キメラ型のマニフィカトに命中したのだ。


「血に飢えた異形の天使よ、光となれ!」


 ヒカルが、ステッキを天へかかげた。


 桜色のハートに、キメラ天使が包み込まれる。悲鳴を上げることさえせず、されるがままに浄化されていった。


「浄化!」

 ヒカルが、ステッキを振り下ろす。


 マニフィカトを包んでいた光が、晴れていく。


 残ったのは、一体のシェーマのみ。虎柄のパーカーを着た小猿が穏やかに佇む。


「さっきの猛禽天使じゃないか。ずいぶん縮んだな。手のひらサイズじゃないか」


「天使化したシェーマすら、浄化できるとは」


 感嘆の声を三菜子が上げる。


 シェーマとしての記憶があるのか、猿に向けて声をかけようとした。


 が、猿は怯えてしまってか、すぐに向こうへ走り去ってしまう。


 世界が波打つ。そうとしか表現できない現象が目の前で起こった。また世界が光を取り戻し始める。再び、キノコまみれのメルヘンワールドが広がっていった。世界は光が差し、生気を取り戻していく。


 天使共の市街が消えていくと、数名のチーマーが伸びていた。どうやら、天使化から元に戻ったらしい。脇には、カラースプレーが転がっている。


「ねえ三郎、これって?」


「ああ、こいつらが落書きの犯人共か」


 商店街にある、書店のシャッターや壁に落書きをしていたのはこいつらか。


「人間三人もいっぺんに食ったから、あれだけの力が出たんだね」

「天使も人間も、はた迷惑な奴がいるもんだな」


 僕はスマホで一一〇番をかける。すぐに警官が駆けつけ、犯人を連行していった。


「ヒカルは、こいつらを追って、危ないことをしたのか」


「うん。見逃せなくて。注意しようとしたら……」


「こういうのは、国家権力に頼るべきだ」


 けれど、僕の心には影が差し込む。僕では、あの猛禽を倒しきれなかった。あんな強い奴と、ヒカルはずっと戦っていたのか。


「ヒカル、あれだけの手練れを、ずっと相手していたのか?」


「うう、あのね、わたしは……」


 話そうとした瞬間、ヒカルの腹が鳴った。


「えへへ、安心したら、お腹が空いちゃったのかな」


 顔を赤らめながら、ヒカルは苦笑する。


『せやから昼メシを食っとけ、って言うたやないか』


 アイヤネンなる、ニーソがヒカルに語りかける。


「だってぇ」と、ヒカルも頬を膨らませた。


「軽く食事にするか」


 時刻はおやつ時。夕飯にはまだ早い。ならば、いい店がある。

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