上位のマニフィカト

「ほほう、結構気配を殺してたはずなのに、大した戦闘能力だわっ」


 どこからともなく、声がした。


 殺意を孕んだ特大級の霊磁力ラジカルが、僕達を包み込んだ。


「なんてパワーだ」


「かわすんだ三郎!」


 僕は、三菜子の言葉に反応して飛び退く。


 霊磁力の波動で、異界全体がきしむ。ヒカルがさっき浄化した場所が、だ。ヒビが入ってはいけない空間に、亀裂が走る。


 亀裂を突き破り、純白の腕が握り拳を作りながら現出した。手首から先は猛禽類で、体表は羽毛に、背中は豹の毛皮に覆われている。だが、腕の筋肉は人間そのものだ。同じ鳥でも、丸いニワトリのように愛嬌はない。


『なんちゅう力や……久々の特大マニフィカトや』


 ヒカルの肩に乗るニワトリが、亀裂の先に目をこらす。


「忌々しいシェーマが、また現れたのね」


 広がった空間の隙間に現れたのは、頭が鷹、身体が羽毛に覆われた全裸の人間、脚がダチョウという、奇っ怪な姿の天使だった。血の色に輝く天使の光輪が、コイツがただ者ではないと物語る。尻尾が生きた蛇になっていて、こちらを探るように睨みつけた。


「あの天使は、キメラの化身か……」


 三菜子が僕の背後で、相手を分析している。


「芳醇な霊磁力の気配を感じ取って来てみれば、美味な香りを漂わせるシェーマが二体。これは僥倖だわ。こいつらを倒せばアタシはさらに強くなれるわ」


 言いながら、猛禽天使は口元をぬぐうジェスチャーをした。


 挑発的でふざけた仕草なのに、背中から汗が噴き出す。


 これが、本物のマニフィカトだ。三菜子の世界が砕かれたのも頷ける。これほどまでに強大な敵と、三菜子やヒカルは戦っていたのか。


『幹部クラスのマニフィカトが仕切っとったんか。どうりでこの辺りを制圧してもすぐに天使が集まってくるはずや!』


「アイちゃん、こっちも全力でいくよ!」


「待て、ヒカル。僕がコイツを地獄に送ってやる」


 ヒカルを押しのけ、僕は前に出た。


「無茶だよ三郎くん!」


「いいや無茶でいい。それくらいやらねば意味がない」


 僕はまだ、自分の限界を知らない。力量を測る必要があるのだ。


「勝てると思ってるの? 冗談は言葉だけにしておきなさいよ、下等生物。笑いすぎて死んでしまいそう。天からの使いに地獄へ落ちろとは、身の程を知らぬと見えるわね」


 猛禽天使は嘲るように、カチャカチャとクチバシをかき鳴らす。


「お前こそ我が身を省みたことがないようだ。弱い鳥ほどよく羽ばたく」


「言ってくれるじゃないの。今すぐに地獄へ送ってあげるわ」


 僕が挑発すると、猛禽天使のクチバシから笑みが消えた。


 ヒカルが僕の腕を必死に掴む。


 全ての厄介ごとを任せてしまいそうなほど、ヒカルの優しさが熱となって、僕に伝わってくる。けれど、僕はヒカルの柔らかい手をふりほどく。


「三菜子、お前の敵ってのは、こいつくらいが最強なのか?」


 無情にも、三菜子は首を横にした。


「いいや、更に凶悪な力を秘めてる奴も大勢いたよ」


 なるほど、マニフィカトという存在は一筋縄ではいかないらしい。


 同時に僕はホッとする。


「じゃあ、こいつは大したことないんだな?」


 丸めていた背中をシャンと伸ばす。ソードレイに力が溜まっていくのを確認、発動の準備を始めた。


「アタシが、たいしたことがないですって?」


 嘲笑に歪めていた猛禽天使の視線が、憤怒の表情へと変わる。羽根が逆立つほどの霊磁力を放つ。


「教えてあげるわ。アタシを激怒させた報いをね」


「僕も貴様に教えてやる。天使は死ななければ治らんとな」


 猛禽が飛び上がった瞬間、僕も動いた。敵の懐へ飛び込んでいく。


 偉そうに上空から、猛禽が襲ってきた。脚部が鋭く尖り、僕の心臓を抉らんと迫る。


 串刺しになる刹那、僕は魔法を発動しきっていた。ソードレイを振りかざし、猛禽天使の心臓へありったけの霊磁力をたたき込む。


『黒の嘶き!』


 僕と、三菜子の声が揃う。ゼロ距離から放たれた黒い稲妻。担任に浴びせた物より、更に凶悪で強烈な一撃のはずだ。


 が、猛禽はビクともしない。優雅に胸元の煤を払う。


「ふん、こんな程度なの? ちょっとかゆいくらい……ねっ!」


 とっさに裏拳が飛んできた。


 僕はギリギリで反応して、背後へ飛び去る。だが、風圧で予想以上に吹き飛ばされてしまう。


 すぐ後ろに、家の壁が迫る。


「く、いかん!」


 霊磁力を全開にして、宙返りした。速度を殺し、地面へ降り立つ。爪先でブレーキをかけ、壁ギリギリで静止した。とはいえ、想像していた着地点よりわずかに遠のく。まるで恐怖で逃げたと相手に思わせたかのようで、頭にくる。


「かなり全力の攻撃だったんだがな」


 僕は独りごちた。まだ手が震えている。黒雷を放った分の霊磁力が回復しきっていない。


『アカン、選手交代や! おい邪神、どかんかい!』


「黙っていろ、ニワトリ」


『ワイはフェニックスやっ!』


 一呼吸置く。ソードレイに再び力を込め直す。


「これで分かったでしょ? 己がいかに非力な存在なのかをね」


「ああ。思い知らされたよ」


 邪神の力を手に入れたとて、所詮、僕は人間だ。自分が脆くて、無力で、矮小な存在であると。よくこんな力で、天使に挑もうと思ったものだ。


 全身を震わせ、猛禽の天使がゲラゲラと笑う。


「先ほどまでの威勢が、まるで嘘のようね、下等生物! そのまま生き恥をさらし続けるのも忍びないわ。アタシがひと思いに命を刈り取ってあげる!」


 余裕綽々な猛禽の言葉に、僕は嘆息する。


「どうやら、語弊があったようだ」


 猛禽の天使が首をかしげる。「なによ?」


「僕はあくまでも、僕自身は非力だと思っただけだ」


 どうやら、猛禽は忘れていたようだ。もう一人の僕の存在を。

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