魔法少女 マジカルエスト

 話しかけようとした瞬間、ヒカルの背後からマニフィカトが大量に出現する。


「ボーッとするな、南郷院ヒカル。後ろだっ」


 僕は武器を取ろうとした。


「うん。分かってる」


 振り向きもせず、ヒカルはステッキを担いだ。先端を、後ろへ突き出す。


 一瞬、青空が鉛色の雲を穿つ。純白の光が、ヒカルの後ろにいるマニフィカトに降り注ぐ。


 異形の天使共は残らず、光に飲まれる。断末魔とも絶頂とも言えない声を上げ、根こそぎ浄化された。


 戦闘慣れしている。ヒカルは相当の長い期間、マニフィカトと戦っていたのだろう。


 ヒカルの手によって、この付近の天使は完全に消滅した。


 途端、辺りに異変が起こる。薄暗かった周囲に光が差し込む。寂しげだったビル街が砂のように消えていった。いや「書き換わった」と言えばいいか。まるで映画やゲーム、TV番組などでよく見る光景だ。一瞬で場面が転換するみたいな。


「何が起きているんだ?」


 薄ら寒い景色が消滅し、代わりに緑溢れる山々が姿を現す。周囲には、絵本に出てきそうなキノコの家々が建つ。木々にリンゴのような形の黄色い果実が実っている。家から、キノコに手足が生えたみたいな二頭身の物体が現れた。


 どれも、絵本みたく珍妙な、現実味のない色合いである。


「あれは?」


「精霊だ。この世界の住人だろうね」


 夢でも見ているのか? まるで、おとぎ話の世界に迷い込んだような錯覚に襲われる。


「これは、いったい」


「世界が改変されたんだ」


「地球が、こんな子どもの書いた落書きを思わせる世界になったと?」


「そうじゃない。シェーマは世界を救うために戦っている。しかし、それは「地球」の事ではない」


 シェーマには、「自分たちの世界」がちゃんとあるのだ。


「じゃあ、ここはいわゆる異世界、というやつか。もしくは、神々が住まう世界というか」


「キミの発想力で説明するなら、そうなるかな?」


 シェーマは自分がいた世界から地球へやってきて、地球人の力を借りてマニフィカトを追い払う。そうやって、自分たちの世界を拡大させる。シェーマの霊磁力は、自身の世界の大きさと比例するらしい。


「つまり、こいつらシェーマは、『自分たちの世界』を元に戻すために戦っているのか?」


「簡単に言うと、そうだね」


 となると、ヒカルは自分が従えているシェーマの手助けをしている、ということか。


「けど、お前の世界は崩壊しているんだろ? お前自身も死滅しているはずだけど?」


「元々の霊磁力があるから完全に死滅はしない。また、復活の際にわずかばかり、マニフィカトから世界を取り戻したんだ」


 その場所は、僕達が出会った裏山全体だという。


「あれだけあれば、相当数の霊磁力が確保できるのさ。マニフィカトを倒しても霊磁力を得たからね」


 なるほど。シェーマにとってマニフィカトは天敵であると同時に、マニフィカトからしてもシェーマは脅威となる、と。


 世界を舞台にした、神々の壮大な陣取りゲームを、僕は想像した。


「お前もシェーマ使いなんだな、南郷院ヒカル」


 ヒカルが僕の声に反応して、振り返る。いつもの明るい様子ではない。何か、覚悟を決めたような、勇敢な顔立ちをしている。


 こんなヒカルを、僕は今まで見たことがない。


「うん。やっぱり、三郎くんもここに来られるんだね」


 まるで、僕達の正体に気がついているような物言いだ。


「これほどの力は、ワタシも知らない。相当場数を踏んできたね」


「そう、だね。邪神ネクストブレイブ」


「ワタシを知ってるのかい? キミはいったい何者なんだい?」


 ヒカルは、三菜子とは初対面ではない。けれど、彼女の正体までは知らないはずだ。


 けれど、確かにヒカルは、三菜子を「ネクストブレイブ」と認識している。


「今のわたしは、《マジカルエスト》といいます。ご理解いただけるかは分かりませんが、《魔法使いの住む世界》から来た、アイちゃんの協力をしています」


 妙にかしこまって、ヒカルは自己紹介をする。


「それじゃあ、お前は南郷院ヒカルで間違いないんだな。そっくりさんとかではなく」


「そうだよ」


 砕けた口調もヒカルそのものだ。


「南郷院ヒカル、キミの言うシェーマのアイちゃんとは何者かな?」


「この子だよ」と、ヒカルが自分の肩に載っているニワトリを指さす。


 ニワトリが、腰に手を当てるように羽根を曲げた。


『ワイはアイヤネン。マジカルエストこと南郷院ヒカルのシェーマや』


 魔法少女は礼儀正しいが、お供のニワトリはふてぶてしい。


「浄化の炎を使っていたと思うけど。とすると、フェニックスの化身かい?」


『仰るとおりで。おいお前、そこ笑うトコちゃうぞ』


 僕が吹き出しそうになるのを、アイヤネンが窘める。


 だって、この容姿でフェニックスって。


『そういうアンタは、かなり高位のシェーマみたいやな。言うところ、《神格》クラスとちゃうか?』


「へえ。よくぞ見抜いたね」


『強力な霊磁力でわかったで。ネクストブレイブいうたら、知らん奴はおらんレベルのシェーマやさかいな』


「なぜ、お前はヒカルにマニフィカト退治を頼んだ?」


「えっとね……」


 言葉を告げかけて、ヒカルは急に真顔になる。


 三菜子やアイヤネンの目も、途端に険しくなった。


「どうした二人とも?」


「新手だよ。警戒したまえ三郎」


 まだ敵がいるのか?

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