南郷院ヒカルの正体

 路地を抜け、広い場所に到着する。アスファルトが剥げた駐車場だ。辺りにはビルが跡形もなく、フェンスもひしゃげている。


「マニフィカトじゃないか! なんて数だ!」


 数体の異形天使が、僕を見つけて迫ってきた。一体は昨日見た昆虫タイプである。もう一体は、二足歩行ロボットのような形状だ。手足は骨組みが剥き出しになっている。


 武器はどこにあるんだ? 昨日、マニフィカトを倒した武器さえあれば。ポケットや腰辺りをまさぐっても、都合良く武器は出てくるはずもなく。


「おい邪神、武器を出してくれ」


「紋章に手を添えたまえ。そしたら武器が手に収まるぞ」



 指示通り、腹に手を添える。


 黒い影のような物質が、僕の腹から溢れ出す。泥のようなヌメヌメした感触だ。黒い泥は一瞬で、巻き貝状の銃へと変わった。


 銃を構え、引き金を引く。狙いを定めた訳でもないのに、相手を正確に捉える。


 眉間を打ち抜かれた異形の天使が、黒い灰となって消滅した。


 一人の少女のシルエットが、視線のはるか先で戦っているのが見える。


「あそこに誰かいるよ。一人で戦ってるようだね」


 迫り来るマニフィカトを撃墜しつつ、さらに近づく。


「あれは、南郷院ヒカル!」


 天使と戦っていたのはヒカルだった。眼鏡をかけていない。代わりに、黒かった瞳が青緑色になっている。防御力なんて期待できないパフスリーブのドレスに身を包む。フリルがミルフィーユのように重なったスカートが、動く度にフワリと舞う。


「あれもソードレイか?」


「初めから杖状のようだね」


 白手袋をした手には、短いステッキを掴んでいる。下手に触れれば爆発しそうな、相当強い霊磁力ラジカルを内蔵しているようだ。


 どうして、ヒカルがこんな所に。なぜマニフィカトと戦っているのか。あの格好も、どこかで見たことがあるのだが、思い出せない。


『後ろや、ヒカル!』


 ヒカルのシェーマらしき何かが、声を上げる。それにしてもどこから?


「どこにシェーマがいるんだ?」


「あのニーソックスから声がするね」


 よく見ると、ヒカルのソックスにはニワトリのイラストが描かれている。ヒカルが好んで穿いているソックスだ。ニーソックスの口から、玉子形のニワトリがポン、と飛び出す。玉子ニワトリは羽を広げ、ぱたぱたと上昇、ヒカルの肩にトン、と収まった。


「あれがシェーマだって?」


「シェーマ本来、神獣の姿を取ってるんだ」


 動物の姿が、シェーマの特性を表しているらしい。


「じゃあ、どうしてお前は動物の姿じゃないんだ?」


「いいの? 星くらい大きなアンモナイトの形をしているんだけど」


 三菜子の髪の毛が、ウニョウニョと蛇のように動いた。


「今のままでいい」


 連れて歩くには動きづらくてしょうがない。


『いてまえヒカル、超必殺技や!』


「うん!」


 ヒカルが手に持ったステッキを天と掲げた。


 魔法のステッキには、デフォルメされた翼が生えている。暗闇を照らす灯台のように、ステッキからまばゆい光が降り注ぐ。


 弱小の雑魚マニフィカトは、光に当てられただけで消滅していった。


 だが、力の強いマニフィカトは、まだ迫ってくる。


「コスモ・デバステーション、てえええい!」


 魔法少女ヒカルが、ステッキを振り下ろす。【宇宙大破壊】とか、すごいネーミングだな。


 ステッキの先から、光の弾丸が放出される。


 人間より遙かに巨大なハート型の光弾は、大量のマニフィカトを巻き込む。


 ハートをまともに浴びたマニフィカトの群れは、瞳の中にハートを転倒させて昇天した。


「浄化能力か。随分とレアなタイプじゃないか」


 ニワトリが、目だけをこちらに向ける。


『あいつら、この世界が見えるんやな。おいお前、そのちっこいガキはシェーマか?』


「そうだが?」と、僕は返答した。


「あれ、三郎くんじゃん」


 魔法少女・南郷院ヒカルが、僕を見る。特に驚いている様子はないようだ。

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