異界

 南郷院ヒカルからは、僕と同じような力の雰囲気を察知していた。とはいえ、マニフィカトのような邪悪な気配ではない。


「気のせいだと思うけど?」


「だといいけどね。そうでなくとも、ヒカルがマニフィカトに襲撃される可能性は十分にあるよ?」


 三菜子の意見はもっともである。よく今までヒカルが無事だったと思えるほど、天使の力は強大だ。

 仕方ない。ヒカルの護衛をすべきか。

 彼女を倒すのは、僕でなければならん。


「蒸し返すなよ。せっかく、意識しないようにしようと思っていたのに」


「分かっているなら行こうじゃないか」


 三菜子は早足で、ヒカルの足取りを追う。


 ヒカルについて行けば、その力の謎が分かるかも。




 クラス代表の用事を終えたらしきヒカルが、校門を出た。


 木の陰に隠れて、ヒカルの様子をうかがう。


「一緒に帰ればいいじゃん?」


「そんな事をして、マニフィカトと遭遇したらどうする?」


 僕はヒカルの前で、戦わなければならない。


「そうは言っても、見失ったよ」


 何? そういえば、ヒカルがどこにもいないじゃないか。いつの間に消えた?


「多分、霊磁力ラジカルを用いて逃げたんじゃないかい?」


「それじゃあ探せないぞ」


 神様と言っても、万能ではない。


「いや、逃走経路に心当たりはある。ついておいで」


 先行して三菜子が速度を速めた。スプリンター並の速度で進む。


 僕は後を追うので必死だ。


「待てよ、僕はお前ほど足が速くない」


「速くなるよ。キミにも霊磁力を操る力があるんだし」


 そう言われても。


「頭で足の速い自分をイメージしてみたまえ」


 ぼんやりと、頭で想像してみる。


 足に羽が生えたかのように、足が速くなった。


 頭で考えただけで雷を起こせたんだ。速く走る想像など簡単か。


「着いたよ」


 ヒカルを追ってたどり着いたのは、駅前の商店街だ。


「このエリアは、生徒会がパトロールしている場所だな」


 再開発とは無縁のエリアで、最近は不況のせいか治安が悪くなっている。


 中央の区画に行くと、ヒカルはいきなり路地裏に方向転換した。僕達から逃げるように。


「待て、ヒカル!」


 急いで僕達も後を追う。逃げるヒカルの背中を追い続ける。速力を上げる魔法を使っているはずなのに、まるでヒカルに追いつけない。僕の声が聞こえてないのか?


「なぜ逃げる!」


 追いかけようと路地を抜けた瞬間、僕は思わず立ち止まる。


 道の先が、いや世界そのものが、薄暗い緑色に変色していたからだ。まるで濁った川の中に潜っているかのような。


「なんだ、ここは?」


 外観はビルの間にある道なのだが、様子がおかしい。


 ビルは鉄骨が剥き出しになっていて、屋上の給水塔が火を噴いている。線路はレールが蛇のようにうねっていた。商店が並んでいるはずのエリアは、どこを見ても瓦礫の山だ。


 人の気配、というか、人のぬくもりがまるで感じられない。酸素も薄く感じる。


「僕はさっきまで商店街にいたはずだ。ここはどこなんだ?」


「ここは【異界】だよ。厳密に言えばマニフィカトの巣とも言う」


 このような異世界は、人知れず無数に繋がっているという。


 三菜子によると、地球はあらゆる世界の中継点なのだそうだ。そのため、マニフィカトには幾度も狙われている。


「天使共は、地球の様な実体のある世界には直接入り込めないんだ。だからこんな世界を作って網を張り、迷い込んだ人間の心に巣くう。そして対象のネガティブな感情を食って実体化する。そうやって数を増やすんだよ」


 それを阻止する者が、シェーマの使い手だという。


「シェーマは唯一異界に干渉できる。だけどシェーマ本体の力は弱い。そこで人間の心に呼びかける。戦う力のある者を選別し、自分たちの分身として力を与える」


「ということは、つまり」


「地球にもシェーマの使いがいるんだ」


 やはり、その考えに行き着くよな。


「ワタシの星は、どこを見渡してもこの異界のようだったね。戦っても戦っても、マニフィカトが沸いてさ」


 過去を語る三菜子は、どこか懐かしげで、どこか悲しげだ。


「それにしては地球の文化に馴染んでいたな。気のせいか?」


「学習したんだ。キミが寝てる間に」


「ちょっと待て。こっそり僕のスマホをいじり回していたのか!」


「当たり。おかげでこの星の仕組みは大体分かったよ」


 人間世界で必要な情報を、三菜子は一晩であらかた学び取ってしまったという。どんな学習能力だよ、まったく。夜の間だけで、どこまで学習したのかは不明だけど。


「てやーっ!」


 少女のかけ声がした。


 声のする方に向かうと、爆発音が鳴り響く。煙まで上がっていた。


「今の声は、ヒカルだ!」

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