邪神とカップうどんとの遭遇

 ひどい目に遭った。

 三菜子にあんな特性があるなんて。


 気を取り直して、体育館で授業を受ける。


 バレーボールをしながら、三菜子は器用に僕に向けて思念を送ってきた。女子と二人組になってボールをトスし合いながら、自身の境遇を語る。


 僕は、バスケットボールのシュート練習中だ。


『シェーマって言うのは?』


『マニフィカトと戦う武器精霊の総称だよ』


 僕はうんうんと聞きながら、ドリブルに精を出す。


「記憶の中にあったお前の姿だが、見た目は随分と違っていたが?」


 確か、記憶の中のネクストブレイブは、幼女の時と同じ長い黒髪ではあった。が、体つきはスーパーモデルのようだった気がする。


 曰く、「全盛期の自分」なんだとか。


 男子も、バスケの試合が始まった。


 だが、僕の注意は三菜子の方角へ向いてしまう。


『すっかり力をなくしちゃったからね。ここまで戻すのに長い年月が必要だったんだ』


 三菜子によると、マニフィカトとの戦闘で、全ての力を使い果たしてしまったらしい。


 その割には、ハキハキとレシーブを決めているが。


『さすがに力の何もかもを使うのはリスキーすぎる。そこで、保険として人間の中に種を残した』


「それが僕だと?」


 まだ実感はないが、先日の戦闘を思い出すと、否定できない。


「それでは、裏山の紋章付きの岩は何だ? あいてっ」


 弾んだバスケットボールが、僕のアゴに直撃した。


『あれはワタシの本体だよ。あの状態でワタシはこの星に流れ着いた。キミの気配を追って。来たるべきマニフィカトとの再戦に備えて力を温存していたんだ。いわば、ワタシはキミの力に引き寄せられたんだよ』


「僕がお前を呼び寄せた、だと?」


 こちらからしたら、いきなり神様同士の戦争に巻き込まれただけなんだが。


「ふん!」


 小さな体躯からは想像もできない跳躍力で、三菜子が強烈なスパイクを放つ。


 誰も対処できず、ボールは敵陣地に突き刺さった。


 やるもんだな、あいつ。


「おーい、自分の妹に見とれんなー」


 僕の背後から、鴻上が声を掛ける。


「はあ? あっご!」


 振り返った僕は、再びアゴにボールを食らう。脳が揺れたのか、僕は膝から崩れ落ちる。


 バスケットボールが、女子のいるバレーコートへと転がっていく。


 ヒカルの足下に、茶色いボールがコツンと当たる。


「おいおい、大丈夫か山田? あ、すまん。こっちにボールを放り投げてくれ」


 鴻上の声に、ヒカルが反応した。


「じゃあいくよー。それっ」


 ボールを拾い上げ、ヒカルはシュートを放つ。僕達にではなく、ゴールへ向けて。


 ヒカルの位置からゴールは遠い。にもかかわらず、ボールはゴールへと吸い込まれていった。まるでバスケットボールに魔法でも掛かっていたかのように。


「わあい」


 ピョンピョンと、その場でヒカルがジャンプする。


 男女問わず大歓声が巻き起こった。


 三菜子も、「すごいですわ」と、ヒカルに抱きつく。


「く、くそ……」


 床の冷たさを頬に感じながら、僕はその様を恨めしく見つめていた。



 昼休み。ヒカルは生徒会長と一緒に学食へ。


 いつも一緒に昼食を食べる鴻上も、他の友人と食事を取っている。僕が「今日は親戚水入らずで食事がしたい」と事情を説明すると、快く僕達を放っておいてくれた。


 可能であれば裏山で、といきたかったが、立ち入り禁止になっている。先日、僕と担任が転落したせいだ。


 購買でカップうどんを二つ買い、食堂でお湯をもらう。


「あんな優しい母上なのに、お弁当がないとはねぇ」


「僕が断ったんだ」


 母親は持たせたがっていた。しかし、僕が「気を遣うな」と言ったのである。両親の大変さは、知っているので。


 うどんのカップを持って、中庭の奥に移動した。ここなら、誰にも邪魔されない。


「お前こそ、カップうどん程度でいいのか?」


「おお、ワタシの星にはなかったなぁ、こんな料理は。ずぞぞ」


 邪神はカップうどんに興味を示している。おちょぼ口で汁を飲んだ。


「うどんとか、なかったのか?」


「携帯食やヌードルの類いはあったけどね。このダシのコクは初体験だよ。ずびずばー」


 器用に箸を使い、邪神は平麺をすすった。話の通り、麺類は初めてではないらしい。


「温度もちょうどいい。地球の文明は娯楽に特化してるね。実に楽しいよ。はふはふ」


 三菜子は油揚げを少しずつ食いちぎる。


「お前の世界って、どんなだったんだ?」


 僕の中にも、三菜子がいた世界の記憶はある。だが、おぼろげでよく思い出せない。やはり僕は地球で生まれたのだな、と思い知らされる。


「高度な文明を誇っていたが、質素な星だったね。効率的と言えば聞こえはいいけどさ」


「余計なことはしない主義?」


「効率主義だったね。カップ麺に味を求めない程度には。食えりゃいい、栄養が取れればいい、って感じだったよ」


 寂しい星だったのだろうか。


「娯楽とかはなかったのか?」


「それどころではなかったからねー。マニフィカトとの戦いが長引きすぎて、戦闘以外の思考は二の次だったのさ」


 あまり話したくないのか、じっくりと味わいながら、三菜子は麺を噛みしめる。


 平和じゃない、戦いしか頭にない世界って、どんな生活だったのだろう。常に相手を殺すこと以外、何もすることのない生き方なんて。


 カップうどんをすすりながら、三菜子のいた世界を夢想してみる。


 ダメだ。僕には想像もつかない。


「と、いうわけで、キミにはマニフィカト退治に協力してもらうからさ」


「どういうわけだよ……拒否権はないのか?」


 ペットボトルのお茶を飲みながら、三菜子は首を振る。


「拒否してもいいけど、ワタシの力がマニフィカトを呼び寄せてしまうから意味ないよ」


「なぜだ?」


「シェーマの力こそ、世界そのものだからさ」


 マニフィカトのエサは《世界》そのものだという。よって、世界の力の源である三菜子は、格好のエサである、とのことだ。


「対して、シェーマの力は唯一、マニフィカトを滅ぼせる。事実、ワタシは天使が崇める神を倒した」


 シェーマはマニフィカトのエサでありつつ、天敵だという訳か。


「全ての力をぶつけて、ワタシはマニフィカトの神を倒した。ワタシも力を失ったけど」


 冷め切った汁を全部飲み干す。腹が満たされ、三菜子はホッとため息をつく。


 なるほど。つまり、三菜子は世界を取り戻すために、僕の力を借りようとしたのか。


「お前の気持ちはよく分かった。しかし、僕には荷が重すぎる」


「そんな事はないね。キミの戦いぶりは見事であった。記憶をなくしていたときは内心ヒヤヒヤしたけど」


 全然心配している風には見えなかったが。


「怖いとか、勇気がないとか、そういう事ではないんだよ」


 マニフィカトは確かに倒すべき敵だ。もし、奴らが僕の友人達を脅かすなら、僕も黙っていないだろう。


 しかし、全てのマニフィカトを滅ぼす目的が、僕にはないのだ。ただ闇雲に天使共を蹴散らそうと言えるほど、僕はお気楽な性格ではない。三菜子に言われるまま、盲目的に天使を追い払うのも、僕の主義に反する。


「僕にとって、マニフィカトは自由を阻害する邪魔者ではあっても、不倶戴天の敵ではないんだよ。お前ほど無心には、なれないと思う」


「うむ。ワタシも無理は言えない。よく考えてくれたまえ」


 それより、僕の当面の目的は、生徒会役員選挙だ。今度こそ、南郷院ヒカルを打倒する。ヒカルを推薦するために、一刻も早く職員室へ行かねば。


 昼の休憩はもうすぐ終わってしまう。今のうちに。


「キミが何故、そこまでヒカルに固執するのか、まるで分からないんだけど?」


「南郷院ヒカルに勝つのは、僕にとって生きがいなのだ」


 さっきの体育での出来事は、今に始まった訳ではない。僕は南郷院ヒカルの前では、常に苦杯をなめさせられていたのだ。なぜか、ヒカルがその場にいるときに限って。


「ふむふむ、わかるよ」


 コクコクと、三菜子が何度も首を縦に振る。


「そうか、お前もわかってくれるか」


「惚れた女より、優位に立ちたいのだね?」


「全っ然、分かってないじゃないか!」


 断じて、そういう事じゃない! どうして僕がヒカルに惚れているという、結論に達するのか。僕は理解に苦しむ。


 僕達がやりとりしていると、目の前にヒカルが現れた。僕の姿を改め、眼鏡を直す。


「これから職員室に向かう。お前を生徒会に推薦する為に」


「ああ、その事ね」と、ヒカルの顔に、苦笑いが浮かぶ。


「何があった?」


 聞けば、ヒカルの名が次期生徒会長の候補に挙がったらしい。


「ほお、やっとやる気になったか」


 それとも僕がしつこいから折れたのか。


「違うの。勝手に決まっちゃって……」


 やや、ヒカルは迷惑そうだ。


 聞けば、裏山での出来事がきっかけだという。病床の担任からも、是非と言われたと。


「ならいいか。邪魔したな」


 僕は、道を空けた。これでやっと張り合いが出るというもの。


「待って。三郎くんさ、あの……」


「言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってくれ」


「わたしに、何か隠してない?」


 勘の鋭い女だ、相変わらず。


 とはいえ、急に謎の親戚が現れたのだ。何か疑われてもおかしくないか。


「別に何も隠してはいない」


「ホントかな?」


 三菜子の方に目をやる。


 だが、三菜子はすっとぼける気満々だ。


「ならいいよ。じゃあわたし、クラス代表の用事があるから」


 名残惜しそうな顔をしつつ、ヒカルが去って行く。まるで僕を避けているように見えた。


「ねえ三郎」と、三菜子が僕の肘をつつく。


「感じない? あの娘からシェーマの気配を」

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