邪神の生着替え
天使が、落書きに関与しているなんて。
今は登校時間だから、下校時間にもう一度立ち寄ってみるか。
「ね、ねえ三菜子ちゃん、お兄ちゃんができるのってどんな気持ち?」
とっさに、ヒカルが話題を変えた。イヤな雰囲気を、打ち消したいのだろう。
「楽しいです。三郎お兄ちゃん、頼りになるし」
「そそ、そうだね」
微笑んでいるが、ヒカルの顔には影が差し込む。
やはり、兄のことを気にしているのか。
生徒会長になった途端、日本を捨てて留学していった兄を。
「おっす、三郎」と、鴻上が僕の肩に腕を回してきた。「大変だったらしいな、昨日は」
もう、僕が崖に落ちた事が噂になってるのか。
部活帰りの生徒が、「学校に消防車が来て大変だった」と教えてくれたらしい。
「お前、ヒカルちゃんを探してたんだってな。言いたい事があるからって」
「担任を探していたんだ。生徒会にヒカルを推薦してもらおうと」
「またまたぁ、もういいじゃねえか」
話が変な方向へねじ曲がろうとしている気がする。かなり悪い方へ。
鴻上が、僕にヘッドロックをかけた。
「痛い痛い。やめろよ鴻上」
そっと、鴻上が僕に耳打ちした。三菜子とヒカルに聞かれないように。
「ヒカルちゃんに告白するつもりだったのだろ?」
「何を言い出すんだ、鴻上!」
ヘッドロックから逃れ、僕は首を押さえる。
「いやいや、てっきりそうなのかと」
「そんな訳ないだろ!」
「でも、もうみんな分かってるがな。話してくれた連中も、山田とヒカルちゃんはいい感じの雰囲気だったって。崖に落ちたのも、ヒカルちゃんをかばったからだって噂だぜ」
周囲を見ると、僕とヒカルを見る視線が痛い。何か、見守られているような。
「違う! 僕達はそんなんじゃないからな!」
転校生、山田三菜子がクラスの前で頭を下げる。
まるで漫画の世界にいるようだ。どこから来たのか分からない自称邪神が、僕の家に上がり込んで学校にまで転校してくるなんて。ご丁寧に学生服まで。
案の定、三菜子はクラスで注目される。しかし、僕の親戚だと聞くと、「変人かも」と敬遠するようになった。
授業中、チョークの音と共に、僕の頭の中に皆の声が鳴る。
視線を感じ、横を見ると、隣に座る三菜子が僕を見ていた。怖い物なんかないといった風に、フフン、と不敵に微笑む。
『なんだ? 授業中でしか話せないことなのか?』
試しに、僕も頭の中で会話する。
『授業に集中しながらでも、ワタシの声は届くでしょ?』
三菜子が言うとおり、特に困ることはないが。
『昨日はまともに話せなかったから、今から話そうかなって』
『話せよ。授業中でも構わない』
授業を聞きながら、僕は三菜子が送っていた過去を聞く事に。
三菜子こと、邪神ネクストブレイブは、別の世界でマニフィカトと戦う戦士だったという。
それは僕も分かる。僕にも、彼女が戦っている姿が見えたから。
「じゃあ、ワタシは向こうの教室にいるから」
「おとなしくしてろよ」
三菜子が隣の教室へ入る。
ウチの高校に三菜子が通うと聞かされ、一番気になっていたのが、体育の授業だ。僕の目が行き届かないからである。
もし、三菜子が変な行動を起こしたら、僕は止めることができない。
『心配しなくていいから。ワタシの見ている物は、キミの脳内でも再生されるから』
僕の頭に、三菜子の声が再生される。
『本当か?』
「本当だって。見せてあげよっか?」
見せてやるって……まさか。
僕の脳内に、女子が着替えているシーンが流れ出す。
「うわ!」
周りの目も憚らず、思わず僕は声を出してしまった。目を閉じても、脳に直接流れているので受信拒否できない。
僕が見ているとも知らず、女子は三菜子の前で、無自覚に肌を晒している。
「どうしたんだ、山田?」
上を脱いでいる鴻上が、僕に話しかけてくる。
首を振っただけで応答し、三菜子に声をかける。
『おい三菜子、これはダメだ!』
『何がダメなの?』
『だって、女子が着替えているじゃないか!』
『女子高生が着替えてるだけじゃん。キミが見られてる訳じゃないんだし』
『僕の目があるのが問題なんだって!』
「三菜子ちゃん、どうしたの?」
後ろから声をかけられて、三菜子が振り返った。
「うお!」
僕は、またも変な声を出してしまう。
桜色の下着姿で、南郷院ヒカルが立っていた。
「体育始まっちゃうよ。端役着替えよっ」
「そうね。待っててね」
三菜子はテキパキとジャージに着替え終える。同じく着替え終えたヒカルの手を引いて教室を出た。
僕の分身と言うだけあって、肌色を見せつけられても何の感情も湧かない。
「やめろやめろ、そんなもん見せるな!」
僕は顔を覆う。
「見せるなって言われてもな」
僕の眼前にいた鴻上が、自分の身体を抱く様に身を縮めた。自分の事だと勘違いしているらしい。
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