第二章 邪神 ヤマダサブロウの苦難(ラッキースケベ
サブロウ「お兄ちゃん」
翌日、僕は甘い香りと、フワフワした重みで目を覚ます。もう少し起きていられるかと思ったが、いつの間にか眠ってしまったらしい。
僕の隣では、謎の幼女が丸まって寝息を立てていた。自分の寝床はここだとでも言わんばかりに、くつろいでいる。
「……むうう」
隣で眠る「自称・邪神【ネクストブレイブ】」改め、「自称・僕の親戚、山田 三菜子(みなこ)」をジッと見つめながら、僕は唸った。
「起きたまえ、三郎。もう朝だぞ」
布団をめくり上げ、三菜子に起床を促す。朝が弱い神様なんて聞いたことがないぞ。
「うーむ。この星に来てすっかりグウタラになってしまったよ」
半身を起こし、三菜子が大きく伸びをする。
しっかりと朝食を取り、支度をして、靴を履く。
「おはよ、三郎くん」
玄関を出ると同時に、南郷院に声をかけられる。
「南郷院……」
まずいところで顔を合わせてしまった。どうせ学校で鉢合わせになるのから、今更隠しようがない。だが、準備時間は欲しかったな、と思う。
なにやら言いたげな眼差しで、ヒカルを凝視している。
「あの娘と家が隣だったの?」
「そうだけど。お前、ヒカルと面識あったか?」
僕が声をかけると、三菜子は「いや」とこちらに振り返った。
「いや、あまりに家の造りが違いすぎるので、ビックリしただけだよ」
フフン、と、三菜子は皮肉った笑みを浮かべる。
南郷院の家は、民家と言うより屋敷、と呼ぶに等しい。それくらい広大な敷地に和風の建物がデンと建っている。
「悪かったな。どうせウチは、しがない会社員の息子だよ」
僕の両親は、元々学者家系だったらしい。父は長男であるが、弟のできが良すぎて、早々とドロップアウトしてしまった。
その弟というのが、三菜子の父、という事になっている。未だに行方知れずで、家族は叔父を鬼籍に入れてしまった。
「いやいや、キミの両親がどうのとは言ってないよ。世話になるんだし」
申し訳なさそうに、三菜子は弁解する。
「分かってるよ。三菜子が本気でウチをバカにしていない事くらい」
「感謝する。それより南郷院というのは、たいそうな家に住んでるんだね?」
南郷院家は、我が家の四倍近くはあろう面積だ。
「代々、社長宅だしな、南郷院家は」
地元でも、南郷院の名を知らない人はいない。なのに、末っ子のためか、それとも人当たりのいい性格のためか、ヒカルは自由奔放に過ごせている。
「その子は?」
やはり尋ねられた。どうする、山田三菜子。
「おはようございます。山田三菜子です。いつも義兄がお世話になってます」
礼儀正しく、三菜子は事情を説明する。
「おに……!?」
混乱したのは、僕の方だった。
いつからこいつが妹に!?
あまりにもでき過ぎていて、ボロが出ないかと、僕は気が気でない。
一言一句聞き逃すまいといった表情で、ヒカルは三菜子の声に耳を傾ける。
「親戚なのかぁ。三郎くんって一緒にいると楽しいでしょ?」
「はい!」と、ハキハキした口調で三菜子が返答した。
だが、二人の間からは、なぜかピリピリした空気が流れている。そんな気がしてならない。
三人で、銀杏並木を渡る。
散歩中の子犬が、木陰で置物をした。事を済ませた後に、後ろ足で砂をかく。自分の存在をアピールする行為だそうだ。
気になっているのか、三菜子がジッと犬の動向に目を向けていた。
「どうした、ヒカル?」
「覚えてる? 三郎くん、子供の頃にわたしの事を助けてくれたよね?」
「僕が、お前を助けた?」
覚えていない。僕が南郷院を助けたなんて。
「大型犬に追いかけられてたわたしを、三郎くんが助けてくれたんだよ。あのときは、嬉しかったなぁ」
「そうだったんだ。お兄ちゃんカッコイイね」
子供っぽく無邪気な表情で、三菜子が僕の顔をのぞき込んできた。
道路沿いの商店街を通る。
「なんだ、あれ」
書店のシャッターや壁一面に、カラフルなスプレーで落書きがしてあった。自称芸術、という名の嫌がらせである。
壁に書かれた落書きを、店主が洗剤で消していた。
「ひどい事するなぁ」
「かわいそう」
その様子を見ていた僕と三菜子が、同じように憤慨する。
「ちょっと気になるね」
三奈子が、小声で僕に語りかけてきた。
「天使の仕業だって言うのか?」
「なにか、残滓がある」
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